3 なんか庭にモフモフの小動物がいるんですが……
ルイ様が魔女の森に行ってから5日目。
順調に調査が終わっていれば、今日あたり一時帰宅をされるはずだ。
それをわかっている義母は、昨夜のうちに私をお風呂に入れて汚れを落とさせた。前回いきなりの帰宅を知り、バタバタと慌ただしくしてしまったからだろう。
ドレスやメイクは帰宅されるのが確実にわかってからでいいと言われ、今私はとても清々しい気持ちで庭の花に水をあげている。
メイクも先にしておきなさいって言われるかと思ったけど、後回しにされてよかったわ。
「〜〜♪ 〜〜♪」
鼻歌を歌いながら水を撒いていると、ピンク色の花の中にコソコソと動く物が見えた。
ん? 何?
白っぽい色のふわふわ毛が見える。
生き物のように動いているけれど、葉に隠れられるほどの小ささだ。
私はこちらに背を向けているその小動物を両手で包み込むように持ち上げた。
片手でもすっぽり収まるくらいに小さいその動物は、私の手の上にちょこんと座っている。
か……かわいいっ!!
丸いつぶらな瞳に、小さな丸い耳と短い手足。
ふわふわな毛は触り心地がよく、ずっと撫でていたくなる。
「まぁ……なんて可愛いの。なんという動物なのかしら? どうしてここに?」
答えられないのはわかっていても、つい話しかけてしまった。
キョトンとした顔でこちらを見つめるその愛くるしい顔に、胸がきゅんとしてしまう。
かわいすぎるわっ!
この子、私が飼ってもいいかしら?
ふわふわの背中を指で撫でていると、ふとあることに気づいた。
あら? この白銀色の毛……ルイ様の髪の色にそっくりだわ。
それに、瞳の色がエメラルドグリーンなのもルイ様と一緒だわ。偶然?
まさか……。
そんなことはありえない。
ありえないと自分でわかっているのに、なぜかそう思ってしまった。
「もしかして、あなたはルイ様?」
「!」
「……なんてね」
「なぜわかったんだ!?」
「え?」
突然の男性の声に、私はぱっちりと目を見開いた。
その声と同時に動いていたのは、目の前にいる小動物の口だったからだ。
え? 今喋ったのは、この子?
さっきまでは普通の動物に見えていたのに、なぜか今はピシッと2本足で立つ姿が人間と重なる。
動物も2本足で立つことはあるが、それとは違う変な違和感があるのだ。
あれ? こんなにしっかりしてたっけ?
「答えてくれ。なぜわかった?」
「!! きゃあっ!」
呆然としている間に再度口を開いた小動物。
そのあまりにも衝撃的な姿に、思わず手を離してしまった。
しかし、その小動物は動じることなく華麗に地面に着地していた。
「いきなり落とすな」
「な、な、な……なんで喋って……」
「それは君が俺の姿を見抜いたからだろう。なぜ俺だとわかったんだ?」
「お、俺の姿……?」
「先ほど言っていただろう。ルイ様? と」
「!」
その瞬間、さっき頭をかすったありえない考えが再び浮かんだ。
この小動物はルイ様なのではないか──というバカらしい考えが。
まさか本当に……!?
「ルイ様……なのですか?」
「ああ」
ルイ様と名乗る小動物は、低い声で返事をしながらコクッと頷いた。
短い手で腕を組んでいるような仕草をしているため、非常に可愛らしい。
「そのお姿は一体……」
「魔女のせいだ」
「え?」
魔女って、〝魔女の森〟の魔女のこと?
本当にいたの!?
「森に入って3日したら突然現れたんだ。はじめは普通の女性かと思ったが、違った。魔女の森を侵略しに来たと勘違いしたのか、気づけばこの姿にされていたんだ」
「そんな……」
「あの森で頻発している行方不明者の実態はこれだろう。皆このような姿にされ、気づかれなかったんだ」
ルイ様は、忌々しそうに自分の小さな手を見つめた。
「ですが、こうしてお話をされたらわかるのでは? 今までそのようなお話は聞いたことが──」
「だから『気づかれなかった』と言っただろう? この呪いは、自分の正体に気づいた相手とだけ話ができるようになるらしい。他の者たちはきっと誰にも気づいてもらえなかったのだろう」
それって……私があの時ルイ様かと思って名前を呼んだから、こうして話せるってこと?
というか、こんなにもルイ様と長くお話をするのははじめてだわ。
ルイ様は地面に座り込んだ私を見上げ、静かに尋ねてきた。
「だから驚いたんだ。なぜ君は俺だとわかったんだ?」
「それは……なんとなく、です」
「なんとなく? なんとなくで、こんな小さな動物を見て俺だと思ったと?」
「は、はい」
「………………ははっ」
一瞬ポカンとしたあと、ルイ様が笑い出す。
動物の姿とはいえ、ルイ様が笑っているのを見るのは結婚して初ではないだろうか。
なぜか心がほんわかとした温かさに包まれる。
……そういえば、この家に嫁いできてから誰かと笑顔で会話することなんてなかったわ。だからこんなに嬉しいのかしら。
相手はあのルイ様なのに。
「君は変わっているな。だが、助かった。誰とも話せないままでは、呪いを解くどころか生きることすら難しかったかもしれない」
「呪いの解き方がわかるのですか?」
「わからない。だから協力してほしい。いいか?」
「もちろんです」
なんだか変なことになっちゃったけど、放っておくことはできないし、仮にも私の旦那様だものね。呪いを解けるといいけど……。
「俺はひとまず母に会いに行ってみる。さっきまで森にいたのに、気づけば家の庭にいたんだ。きっと身内なら気づく可能性が高いと思って、魔女がチャンスをくれているのだろう」
「わかりました」
「母が気づいてくれたら、協力してくれなくて大丈夫だ。もし気づかれなかったら……その時はよろしく頼む」
「はい」
そう答えると、ルイ様はものすごい速さで庭を駆け抜けていった。
あの小さな体をうまく使いこなせている時点で、彼の運動能力のすごさがよくわかる。
なんだかあまり話したことがないとは思えないほど普通に話せたわ……。
それにしても、お義母様はルイ様に気づくのかしら?
ネズミと勘違いしてしまわなければいいけど──。
その数分後、屋敷から義母と義姉の悲鳴が響き渡った。