27 あのルイ様が私にヤキモチを? ……絶対にないわ
なんとなく?
なんとなくで、会ったこともない私がわかったっておかしいわよね?
私が疑わしい目をしていたからか、少し焦った様子でコリン卿が付け足してきた。
「あの! なんとなくと言うか、その……素敵なドレスを着ていますし、マーサ様ではないからもしかしてリリー様なのかと」
「ああ。そうだったんですね。すみません、なぜわかったのかと驚いてしまって」
「い、いえいえ」
そっか。たしかにこんなドレスを着ていたら使用人とは思わないわよね。
なんだか不自然な気がしたけど、気づかれて当然のことだったわ。
「あっ! そういえば、怪我の手当てをしなきゃいけなかったのに! すみません。すぐに……!」
「そんなに急がなくて大丈夫ですよ」
「いえ。そういうわけには!」
そう言いながらコリン卿は自分の荷物の中から巾着を取り出し、中をゴソゴソと漁っている。
カチャカチャと音がするので、小瓶などがいくつか入っているのかもしれない。
あれは薬などが入っているのかしら?
さすが騎士様ね。そういった物を持ち歩いているなんて……。
感心しながらその様子を眺めていると、ルイ様が少し不機嫌そうな声でボソッと呟いた。
「リリー。手当ては自分でやると言え」
え?
まだコリン卿から何か言われたわけでもないのに、なぜかルイ様は突然そんなことを言い出した。
イライラしているのか、私の手の中で小さな足を小刻みに動かしている。
「きっと軟膏を取り出すはずだ。もしコリンがリリーの腕に塗ろうとしてきたら、すぐに断れ」
「…………」
なんで……?
そう問いたいけれど、コリン卿の目の前で聞けるはずもない。
よくわからないけどルイ様がそういうのなら従っておこう……そう思って顔を上げた時、こちらを見ていたコリン卿と目が合った。
どこか驚いた様子で目を丸くしている。
「……コリン卿? どうかされましたか?」
「あ。いえ……あっ、これが傷によく効く軟膏です」
そう言ってコリン卿が巾着から軟膏を取り出して私に見せてくる。
まあ。ルイ様の言った通りだわ。
本当に軟膏を……あっ、では自分でやるって言わなくちゃ。
「ありがとうございます。自分で塗りますので、お薬を貸していただけますか?」
「…………いえ。片手では難しいと思うので、俺がやりますよ。遠慮しないでください」
コリン卿は、少し間を置いたあとにっこりと意味深な笑みを浮かべて言った。
すかさずにルイ様が口を挟んでくる。
「リリー。断れ」
「……大丈夫です。1人でできますから」
「いえ。本当に遠慮しないでください。すぐに終わりますから──」
そう言ってコリン卿の手が私の腕に触れそうになった時、ルイ様がヒュッと抜け出してその手を蹴飛ばした。
ペシッ
なんとも可愛らしい音が私の耳に届く。
ええっ!? ルイ様、何を!?
コリン卿に飛び蹴りをしたルイ様は、そのまま私のドレスの上に着地するなり短い腕を組んでふんぞり返っている。
突然可愛らしい小動物に蹴られたコリン卿は、キョトンとしながらルイ様を見つめた。
「いたっ……くないけど、え? 今、俺蹴られました?」
「蹴られて……いましたね。あの、本当にごめんなさい」
「あっ、いえ。全然大丈夫です!」
コリン卿は驚いてはいたけど怒ってはいないようだ。
「あの、やっぱり私が自分で処置しますよ」
「いえいえ。気にしないでください。さあ、腕を──」
ペシッ
そう言ってコリン卿の手が私の腕に伸びてきた時、またもやルイ様の飛び蹴りがコリン卿を襲った。
ルイ様!?
な、なんでそんなにコリン卿に攻撃を……!?
「…………」
「…………」
思わず黙り込んでしまう私とコリン卿。
2度も蹴られたというのに、なぜかコリン卿は怒るどころか少し嬉しそうな顔をしている。
「あの、本当にごめんなさい。いつもはこんなことしないんですけど……」
そう言ってルイ様を両手でわしっと捕まえた時、コリン卿が満面の笑みで楽しそうに声を上げた。
「もしかしてヤキモチを妬いているんですかねっ?」
「えっ!? ヤ、ヤキモチ?」
「はい。だって、俺がリリー様に触れようとする度に蹴ってくるから、ヤキモチを妬いているのかなぁって」
「まさか……」
あのルイ様が私にヤキモチを?
…………いえ。ないわ。絶対にないわ。
まさかそんな……。
チラリとルイ様を見ると、偶然私を見上げていた彼とバッチリ目が合ってしまった。
その瞬間、ブンッとものすごい勢いで顔を背けられる。
ああっ、ほら!
変な疑いをかけたから、怒ってしまったわ!
なんとか訂正しておかないと。
「ただ機嫌が悪かっただけだと思いますよ」
「そうですか? じゃあ試してみますか?」
「え?」
ふと気がつくと、いつの間にかすぐ隣にコリン卿が座っていた。
私と肩を組もうとしているかのように、その腕が私の背中に伸びてきた瞬間──
「いっっったあ!!!」
「!?」
そう言って私から離れたコリン卿の手には、ルイ様がくっついていた。
ガブリと思いっきりその手に噛みついているのが見える。
ルイ様!?
ルイ様は振り落とされる前に口を離し、優雅にスチャ! と私のドレスの上に着地した。
すっかり歯形がついた自分の手の甲を見ながら、コリン卿が半泣き状態で叫んだ。
「もぉーー!! 冗談なのに! ひどいですよ団長!」
「……え?」
「あっ」
団長? 今、団長って言った?
パッと自分の口を押さえたコリン卿は、気まずそうに私とルイ様を交互に見た。
ルイ様は少し怒りをこらえているような声でコリン卿に詰め寄る。
「……お前。俺が誰だかわかっていたのか?」
「ごっ、ごめんなさい!! だって2人して俺に何も言ってこないから、知ったらダメなことなのかと思ってなかなか聞けなくて……!」
「言葉もわかるんですね? いつからですか?」
「えっと……さっき団長が『コリンの手に乗るわけないだろ』って言ったのが聞こえた時から……」
あ。私がつい返事をしてしまった時ね。
じゃあ、あの時コリン卿が驚いた顔をしていたのは、私が独り言を言ったからではなくてルイ様の声が聞こえたからってこと?
あの時、たしかコリン卿はルイ様の毛色や瞳の色について何か言っていた。
私と同じように、うっすらルイ様を思い浮かべたのかもしれない。
私に聞こうとしたのに私が話をそらしちゃったから……だから聞けなくなってしまったのね。
「ごめんなさい。コリン卿。実は、ルイ様のことを説明しようとすると変な言葉に変換されて、何も伝えられなくなっちゃうんです。なのでこちらから話すこともできなくて」
「そうだったんですね。俺、知ったらいけなかったのかとちょっと焦っちゃいました」
「いえ。私の他にも気づいてくれた方がいて心強いです」
「そう言ってもらえると俺も安心……」
「おい」
私とコリン卿が朗らかに話していると、突如ルイ様の不機嫌そうな声がそれを止めた。
「俺の声が聞こえていたなら、俺が怪我の手当ては自分でやると言えってリリーに言ったのを聞いていたんだよな? なら、なんであんなに譲らなかったんだ?」
「ああ。それは……」
一瞬チラッと私を見たコリン卿が、笑顔のまま言葉を続ける。
「団長が俺にヤキモチ妬いてるのがおもしろくて、つい」
「!」
ま、またヤキモチって!!
ルイ様がそんなの妬くわけないのに!
照れて焦っている私と違い、ルイ様は冷めた声で「ほぉ……」と呟いた。
その怪しいオーラに気づいたのか、コリン卿から笑顔が消える。
「あ。その……おもしろかった、ではなくてですね。楽し……いや。めずらし……でもなくて」
「もういい。お前が俺で楽しんでいたことはよくわかった」
「いや! そうじゃなくて! 仲悪いって聞いてたのに奥様と仲良くしてるから、なんか少しからかいたく……じゃなくて! えっと……」
「なるほど。俺をからかって遊ぼうとしたのか。よし、そこにもう一度手を出せ。思いっきり噛み付いてやる」
「待ってください団長!! さっき噛まれたのも本気で痛かったんですからね!? ほら、見てください。血が出てます!」
そう言いながらコリン卿が自分の手の甲を私達に見せてきた時、小さな傷からプクッとほんの少しだけ血が浮き出た。
ルイ様が呆れたような声を出す。
「仮にも騎士のくせにそんな小さい傷で──」
ボンッ!!
「!!」
「!?」
ルイ様が話している途中で、何かが爆発したような音がした。
思わずつぶってしまった目をゆっくり開けると、先ほどまではいなかった人物が馬車に乗っていることに気づく。
白銀色のサラサラとした短い髪、後ろ姿からもわかるほどの体格の良い肩幅、王宮騎士団の服を着ている立派な騎士様が馬車の床に座っている。
「……ルイ様!?」
元に戻った!?
「リリー……これは……」
戸惑った様子のルイ様がこちらを振り向き、エメラルドグリーンの綺麗な瞳と目が合った。




