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25 逃げろ!!


「…………はい?」



 私は目の前でニヤニヤと嫌な笑みを浮かべているマーサ様に向かって聞き返した。

 彼女の言った言葉がどうしても理解できなかったからだ。




 不倫すればいい? 私が?

 マーサ様は何を言っているの?




「私は不倫なんてしません。ずっとこのお屋敷の中にいて、男性どころか女友達にだって会っていないんですよ?」


「そうね。あんたをこの家から出すつもりはないわ。何を言われるかわかったもんじゃないし。だからね、ここに相手を呼んであげたのよ」


「……相手を呼んだ?」



 ふふふ……と笑いながら、マーサ様は窓に近づき外の様子を眺めている。

 まるで誰か来るのを待っているようだ。



「ええ。みんなに婚約を断られて寂しそうな子爵家の次男をね」


「…………」


「彼は少し……そう、少しだけ太っていて、髪の毛もそうね……少しだけ薄いの。年齢はまだ30代なんだけどね?」


「…………」


「リリーがあなたを待っているわと伝えたら、喜んですぐに向かうと返事がきたわ」


「……なんてことを」




 私とその男の既成事実でも作って、不貞をはたらいた妻として強制的に離婚させる気なのね!?

 ただ補償金が欲しいというだけで、私を売ってその男性を騙すようなことをするなんて……ここまでひどい人だなんて思わなかったわ。




 怒りで手がプルプルと震えてくる。

 しかし、それ以上にこの場所に知らない男が私目的にやってくるのだと思うと恐怖に襲われた。




 どうしよう……怖い。

 もし本当に……そんな……。




 その時、ルイ様が大きな声で叫んだ。



「リリー、逃げろ!!」


「!」



 私にはしっかりと聞こえた言葉も、マーサ様にはただの動物の鳴き声にしか聞こえなかったらしい。「今の鳴き声は何?」と言いながら、周りをキョロキョロと見ている。




 ルイ様……! 逃げろと言われても、どこに……。




 声には出していないけれど、私の足が動いていないことで何を考えているのかがわかったらしい。

 マーサ様がいるのもかまわない様子で、さらに大きな声で叫んだ。



「いいから走れ! とにかく外に出ろ!」


「ル……」


「早く走れ!!」


「!!」



 

 ……はい!!




「何? 何がキーキー鳴いてるの? ……って、あっ!? ちょっと!?」



 私から視線を外していたマーサ様の横を通り過ぎ、急いで廊下に出る。

 ドレスを着ているからうまく走れないけれど、それはマーサ様も同じだ。うしろから追ってきているのがわかるけど、追いつかれそうにない。




 足の速さには少し自信があるんです!




 運が良く廊下に他の使用人の姿がないため、私はただ夢中で廊下を走って玄関へとつながる階段をかけ下りていく。



「はぁっ……はぁっ……」


「リリー! そこを曲がって右側にある小さい部屋に飛び込め!」


「!?」



 ルイ様の指示に従って、階段を下りてすぐにその部屋に飛び込んだ。

 マーサ様とは距離があったので、私がこの部屋に入ったのは見られていないだろう。


 少しして、階段を下りてきたマーサ様が「待ちなさい!」と叫びながら外に出て行った音が聞こえた。




 ……行った?




「なんとか撒いたようだな」



 ドレスの隙間から、ルイ様がひょこっと顔を出す。



「はい。でも、マーサ様が庭にいたら出ていけません。言っていた男性が帰るまで、ここに隠れていればいいでしょうか?」


「ダメだ。もし見つかったら危険だし、またいつその男を連れてくるかわからない。そんな危険な場所にリリーを置いておけない」


「……ですが、私には行く場所なんて」


「教会とか色々と匿ってくれるところはある。とりあえずこの家から出るんだ」



 そう言うなり、ルイ様は床にぴょんと飛び降りるとトコトコと細い本棚に向かって歩いていく。

 そして、下から2段目の本をいじったと思った瞬間──本棚が扉のように動き出した。



「なっ……!?」


「ここは家族しか知らない外への出口だ。亡くなった父が教えてくれた。屋敷の出入口を塞がれた時には、ここから外に逃げろと」


「このお屋敷にそんな場所が……」



 本棚の奥は真っ暗で、通路になっているようだった。




 ここから外に出られるのね。

 でも真っ暗すぎて少し……いえ。結構怖いわ!

 どうしましょう。ルイ様が人間の状態だったら服の裾でも握らせていただきたいところだけど、今のルイ様には服の裾がないし……。


 やっぱり、直接触れさせていただくしかないかしら?


 


「行くぞ」


「はっ、はい! ……あの、ルイ様。暗くて怖いので、ルイ様を持ち上げていてはダメでしょうか?」


「!? …………いいけど」


「ありがとうございます!」




 よかったわ!

 少しでも誰か触れていたら、怖さが半減しそうだもの。

 ルイ様に呆れた目で見られている気がするけれど、気にしない。気にしない。




「では失礼します」


「…………」



 ルイ様を自分の手に乗せて、私は真っ暗な通路に向かって歩き出した。



「あの本棚は開けたままでいいのですか?」


「こっちの扉を開けたら閉まるようになっている」


「へぇ……すごいんですね」


「……ランプを用意しておくべきだったな。俺は夜の森にも慣れているから、暗闇が怖いなど考えたことがなかった」



 もう暗くて姿は見えないけれど、手のひらに感じるモフモフの心地良い部分からボソッとした声が呟かれる。

 



 そっか……ルイ様は暗闇に慣れているのね。

 でも、私も思ったより怖くないかも。ルイ様と一緒だからかしら……。




「ランプは必要ないですよ。私1人で使うことはないでしょうし、ルイ様が近くにいてくれたら怖くないですから」


「……そうか」


「はいっ」



 そんな話をしているうちに、通路の突き当たりに来たようだ。

 扉の隙間からうっすらと光が漏れている。



「開けますね」


「ああ」



 重い扉を力一杯押し開けると、公爵家の裏庭に出た。

 正門とは反対方向なのでマーサ様の姿はない。




 ここに出るのね……。




 うまく草木に隠れた場所で、普通に通ったならここに扉があるとは気づかないだろう。

 私は扉を閉めて再度草木でその扉を隠すと、ルイ様の指示に従って歩き出した。



「ここを抜けて真っ直ぐ進むと街へ出られる。ひとまず1番近い教会を目指そう」


「はい!」


「!? 待て! 危ない!」



 公爵家の敷地を抜けて、塗装された道に出た瞬間──ちょうど通りかかった馬車に轢かれそうになってしまった。

 咄嗟にルイ様を抱きしめるようにして守ると、ギリギリのところで馬車は止まった。




 あ……危なかったわ!




「おい! 大丈夫か!?」


「はい。ルイ様は……」


「俺は平気だ。それよりなんで俺を庇おうとしたんだ!? すぐに自分の足を動かせ!」



 私の手に包まれているルイ様は、小さい手で私の指をパシパシ叩きながら怒っている。私がルイ様を庇うようにして立ち止まったのがお気に召さないらしい。


 その時、馬車から降りてきた人物が私達の前に現れた。



「すみません! 大丈夫でしたか!?」


「……あ」


 その男性を見た瞬間、ルイ様が声を出した。

 どこか見覚えのあるその男性は、ルイ様が行方不明になったと報告に来てくれた騎士団の方だった。


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