24 なんだか嫌な予感がする
浴室を出て部屋に戻った私は、かけてあったドレスを見て目を丸くした。
いつもなら派手なドレスがある場所。
そこに、薄いピンク色のなんとも可愛らしいドレスがかかっていたからだ。
「これは……」
「今日着ていただくドレスです。さあ、メイクをしますから早くこちらへ」
真顔で冷たく言い放つグレンダに急かされ、私はドレッサーの前に座った。
こちらもいつもは並んでいる宝石の数々がなく、シンプルなネックレスと綺麗な髪飾りが1つ置いてあるだけだ。
ルイ様が帰ってくる時とは全然違うわ……。
一体、これから何があるっていうの?
嬉しい気持ちよりも不安が大きい。
そんな私の様子に気づいているグレンダは、何も言わずにメイクを始めた。
……肌の色を暗くするファンデーションも使っていないし、目の上も青くされないわ。用意されているリップも真っ赤ではないみたいだし、本当に綺麗にするためにメイクされている気分だわ。
「……はい。出来上がりました」
「…………」
メイクとヘアアレンジを終え、ドレスを着せてもらった私は鏡の前で呆然と立ち尽くしている。
貧乏だった男爵家の頃にも着たことのない繊細で可愛いふわふわのドレス。
そこまで大きくないのにしっかりと存在感を放っているダイヤのネックレス。
緩く巻かれた長い髪は、サイドを半分編み込んでいてとても可愛らしい。
……これは本当に私?
そう自分自身に問いかけてしまうほど、別人のようになっていた。
「ではマーサ様を呼んできますのでここでお待ちください」
「あっ……グレンダ……」
バタン!
私の声かけにも応じず、グレンダは足早に出ていってしまった。
今からマーサ様を呼んでくるとなると、少しは時間がかかるだろう。
私は浴室に戻り、置いてあったスカートのポケットを開いてルイ様を呼んだ。
「ルイ様。もう大丈夫です。今のうちに……」
……って、まあ。
ルイ様ってば本当にこの長い時間ずっとその格好のままでいたの?
先ほど見た時と同じように、ルイ様は丸まった状態のままだった。
この柔らかい小動物だからこそ体の痛みはないのかもしれないけど、ずっとこの体勢でいられる精神力がすごいと感心してしまった。
「もう着替えは終わったのか?」
「あ、はい。大丈夫です。もうすぐマーサ様がいらっしゃるそうなので、今度はこちらの部屋に来てください」
「わかっ──」
私の手の上でムクッと起き上がったルイ様は、私と目が合うなりピタリとその動きを止めた。
まるで途中で時間が止まってしまったかのように、半分しか起き上がっていない変な体勢だ。
「ルイ様?」
どうしたのかしら?
ずっと同じ体勢でいたから、体が痛いとか?
背中を撫でようと指を動かすと、ルイ様はハッとしたように起き上がった。
「あ。大丈夫ですか? どこか痛みますか?」
「いや。痛みなどはない。大丈夫だ」
「そうですか」
「ところで……その格好はどうしたんだ?」
「え? ああ、このドレスを着るようにって言われたんです」
自分がドレス姿だったことを思い出し、少し恥ずかしくなる。
ルイ様が先ほど驚いた顔をしていたのは私のドレス姿を見たからだったのかと思うと、その反応にも不安になった。
あまり似合ってないのかな?
「その格好で誰に会うんだ?」
「わかりません。とりあえず、今からマーサ様が来るとだけ……」
「……なんだか嫌な予感がするな」
「?」
ルイ様はどこか不機嫌そうにそう言うと、私の手からぴょんと飛び降りてドレスのスカート部分に掴まった。
小さい爪が引っかかっているのか、落ちることなくその場にくっついている。
「ルイ様? どうしたんですか? 隠れるならあのキャビネットの上にお連れしますが」
「いや。ここでいい」
「ここって、ドレスにくっついてるってことですか!?」
「ああ。遠くにいたら、何かあった時に離れてしまうからな」
スカート部分にはいくつものレースや薄い布が重なっているので、ルイ様はその隙間にうまく隠れている。
小さいし色も目立たないし、この状態ならばマーサ様にも気づかれないだろう。
まさかポケットの次はドレスの隙間に隠れさせることになるなんて。
大丈夫かしら?
「その体勢、疲れないですか?」
「この体はあまり疲れないから大丈夫だ。それよりも……その、似合っていると思うぞ。いつもの赤いドレスよりもずっと」
「!! ……ありがとうございます」
「……いや」
すでにドレスの隙間に入っているルイ様の姿は見えないけれど、その声のトーンで照れているのがわかる。
きっと赤くなっているであろう私の顔が見られないのは良かったと思う。
こんな顔していたらマーサ様に怪しまれてしまうわ!
早く戻さなきゃ! 平常心! 平常心!
私が両頬を優しくパンッと叩いたと同時に、カチャ……と扉が開いてマーサ様が入ってきた。
入るなり上から下まで私の姿をジロジロと凝視している。
「ふん! まあまあね」
「……あの、マーサ様。今日は一体どんな用で──」
「もう一度聞くけど、あんたはルイと離婚する気はないのよね?」
腕を組んだマーサ様は、私の言葉を遮って質問を投げかけてきた。
ドレスに隠れたルイ様がピクリと反応したのがなんとなく伝わってくる。
「……はい。離婚するつもりはありません」
「だったらいいわ。離婚しなきゃいけない状況にさせてやるから」
「え?」
離婚しなきゃいけない状況にさせる?
どういうこと?
不機嫌そうな顔から一転、ニヤリと笑ったマーサ様は私に少しずつ近づいてくる。
うしろに逃げたくなったけれど、なんとかその場に踏みとどまった。
「私が何をしようとしてるのか、わかる?」
「……いいえ」
「あなたが離婚承諾書にサインをしないから、どうしようかと考えたのよ。それで思いついたの。あなたがサインをしなくても、離婚させられる状況を」
「…………」
何? なんなの?
今になって、ルイ様の言っていた『嫌な予感』というのが私にもわかってきた。
背筋がゾワゾワして、よくわからない不安でどんどん鼓動が速くなっていく。
「それはね、あなたが他の男と不倫すればいいのよ」




