22 そんな言葉を言われ続けたら、どんどん惹かれてしまいます……
その後もまともな食事を出され、義母にもマーサ様にも会わないまま数日が過ぎた。
私へのあたりが厳しくなるだろうと思った予想は外れ、平穏な毎日を過ごしている。毎食きちんとした食事をとっているおかげか、肌や体調もとても良い感じだ。
「あれから特に何もないな」
「はい。離婚の話もされませんし、なんだか怖いくらいです」
床を水拭きしながら答えると、ルイ様は目を細めて私を見た。
「まあ、改心したわけではないだろう。俺の妻をこんな部屋に住まわせ、掃除も自分でさせているんだからな」
ドキッ
俺の妻──そんな言葉にこれほど素直に反応してしまう自分に呆れる。
内心喜んでいることを気づかれないように、平静を装って「そうですね」と返事をした。
私がリリーであると知られてからも、ルイ様とは変わらずに仲良くできていると思う。
ルイ様が手のひらサイズのかわいいモフモフ小動物なので、あまり夫婦という感じはしないけれど。
「それより、魔女の呪いを解く方法……どうやって調べたらいいのでしょう?」
「それなんだよな。リリーが直接王立図書館に入れることはわかったが、現状それも難しいだろう」
「すみません」
「謝る必要はない。リリーは何も悪くないんだから」
「…………」
マーサ様の本性を知ったルイ様は、姉に代わりに図書館に行ってもらおうとしていた作戦がどれほど無謀なものだったのかを理解したらしい。
そして、私が直接行くのが難しいということも。
貴族らしい服は持っていないし、馬車を出してもらうこともできない。
かといって代わりの案も何も浮かばない。
……私はなんて役立たずなのかしら。
早くルイ様を元の姿に戻してあげたいのに、協力したい気持ちはあるのに、何もできない自分がもどかしい。
「私が図書館に行けるようにお義母様にお願いしてみましょうか?」
「それはダメだ。許可する代わりに離婚しろなんて言われかねないからな」
「たしかに……」
「実は、呪いをかけられた時の状況を曖昧にしか覚えていなくて今朝思い出したことがあるんだが……魔女は俺に呪いを解く方法を教えてくれていたんだ。変な言葉だったから理解できなかったんだが、その前に魔女はこう言っていた。『アタシの願いを叶えてくれたら元に戻す』と」
「アタシの願い……?」
「ああ。それがわかれば、図書館に行くことなく呪いを解くことができるかもしれない」
魔女の願い……?
なんだろう。
こんな魔法をかけられるのに、自分では叶えられないっていうこと?
魔法が使える魔女よりも、小動物になったルイ様のほうが叶えられること──そんなものがあるのか。
「難しいですね」
「ああ。魔女とはどんなものを欲しているのか……」
「見た目はどんな感じでしたか? 年齢とか、服装とか」
「年齢は40代前後くらいか。痩せていて、髪は少しボサボサで、黒い服を着ていた。宝石とかそういった物には興味なさそうに見えたな」
ということは、高価な物を求めているわけではなさそうね。
まぁ、もしそうなら最初から代償として金銭を要求しているか……。じゃあなんだろう?
魔女のイメージというと、どうしても不穏なものばかりが浮かんでしまう。
迷ったけれど、一応頭に浮かんだ〝それ〟をルイ様に言ってみることにした。
「たとえば……女性、とか?」
「女性?」
「勝手なイメージなのですが、魔女は若い女性の血を飲んで若さを保っているという話を聞いたことが……」
「…………まさか」
ルイ様が少し呆然とした様子で私を見つめる。
まさかとは言いつつ、どこかその可能性もあるかもと思っていそうな顔だ。
魔女の見た目が40代と言っていたけど、魔女の森の噂はもっとずっと昔からあるわ。
同じ魔女なのかはわからないけど、もしそうなら……実年齢は100歳を超えているかもしれない。
それなのに40代に見えるのなら、本当に女性を生贄にして血を──。
自分で考えておいて、ゾッと背筋が寒くなる。
もしその答えが合っているのなら、今22歳の私はピッタリ魔女の餌食になる年齢だから。
「どうしますか? 差し出してみますか?」
「差し出すって……誰を?」
「もちろん私です」
「はあ!?」
ルイ様は自分の乗っていた小さなクッションを私に向かって投げた。
ポフッという軽い音を発しながら私の顔面に直撃する。
「いたっ」
実際にはまったく痛くないけれど、つい反射でそう言ってしまった。
ルイ様は短い腕を組みながら、テーブルの上から床掃除中の私を見下ろしている。
「バカなことを言うな!」
「……ごめんなさい」
「もし本当に女性が必要だったとしても、リリーを差し出すことはしない。絶対に!」
「…………」
ルイ様……。
ここまでハッキリと言ってもらえて、嬉しくて胸がギュッと締めつけられると共に温かい気持ちになる。
「誰かを犠牲にしないと助からないというのなら、それはもう諦めるしかない」
「ずっとこのままのお姿で生きていくということですか?」
「1人ではそれなりに辛い状態だとは思うが、リリーとはこうして話せるしな。そんなに悪くもない」
「!」
「まあ、俺が元に戻らないとリリーの身が危ないから、できることなら戻りたいが」
うーーん……と唸っているルイ様に、つい熱い視線を送ってしまう。
ルイ様、無意識なのかしら?
こんなにも優しい言葉をかけられ続けたら、どんどん惹かれてしまうわ。
ガチャ!
はぁっとため息をついた時、ノックもなしに部屋の扉が開いた。
顔を覗かせたのはまたしてもメイドのグレンダだ。
「……何かしら?」
「マーサ様がお呼びです。すぐに来てください」
「!!」
とうとう動き出したのね。
今度は何を言われるのかしら……?
グレンダからは見えないようにうまく裁縫道具の陰に隠れたルイ様が、私に合図を送ってくる。
手を自分に向けて『俺も行く!』と言っているのだ。
「すぐに行くわ」
私は立ち上がると共に、こっそりとテーブルの上にいたルイ様を自分の服のポケットに入れた。
苦しいかもですが、少し我慢してくださいね!
そう心の中で言うなり、覚悟を決めてグレンダのあとを追った。




