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20 ルイ視点④


 リアとリリーが同じ髪の色をしていることはわかっていたけれど、他がすべて違いすぎていて全くわからなかった。


 いつも真っ赤や真っ黒の派手なドレスを着ていたリリーと、ボロボロの服を着ているリア。


 肌が黒っぽくメイクが濃すぎるリリーと、白く透明感のあるリア。


 クルクルに巻かれてボリュームの出ていた派手な髪型のリリーと、ストレートでサラサラした髪のリア。


 瞳の色は……正直、リリーと目を合わせた記憶がなくてよく覚えていなかった。

 だが、ここまで違いすぎる2人が同一人物だなんて、今でもあまり納得できていない。




 本当に? 本当にリアが……?

 



 真っ直ぐに母と姉を見つめて立っているリアを見上げる。

 その立ち姿が綺麗だと思うと同時に、言い知れぬ後悔が襲いかかってくる。




 俺は、リアにひどい態度を取ったメイドに対して怒っていたが、そもそもリアに……いや。リリーにひどい態度を取ってきたのは俺自身だったではないか。

 



 数日だが一緒に過ごしてきたからわかる。

 リリーは、母や姉が話していたような女じゃない。


 明るくて優しくて、あんな扱いをされても落ち込んだり泣いたりしない強さを持っている──素敵な女性だ。




 リリーは俺がルイだとわかっていた。その上で、あんなに親切に接してくれていた。

 自分の妻にも気づかないこんなダメな俺に……。




 今、リリーは俺との離婚を勧められている。母や姉の目的は補償金をリリーに渡さないため。

 俺としては金はリリーに受け取ってもらいたい。

 ……が、リリーがこんな家から離れたい、俺と離婚したいと言うのなら俺に止める資格はない。




 そう思いながらリリーを見つめると、彼女は母と姉に向かってキッパリと告げた。



「申し訳ございませんが、私はルイ様と離婚するつもりはありません」


「!!」




 離婚するつもりはない? ……本当に?




「なんですって!? あんた、そこまでしてお金が欲しいの!?」


「お言葉ですが、その言葉そっくりそのままお返しします」


「この女……!」



 姉はガタッと立ち上がってリリーに近づき、彼女の髪の毛を力いっぱい引っ張り出した。



「きゃああっ!」


「!?」




 姉さん!?

 何やっているんだ!?




 今すぐ姉を止めたいが、今のこの小さな体でできるとは思えない。

 俺は周りを見渡して、花瓶に挿さった花のタネを瞬時に取り出した。ちょうどいい大きさのタネがあったのは幸運だ。


 しかし、そんな間にも姉の暴挙は進んでいる。



「うるさいっ! いいから早く離婚承諾書にサインしなさいよっ!」


「い、嫌です!」


「この女……っ」



 バシッ!


 姉は髪を引っ張るだけでなく、リリーの頬を平手打ちした。

 間に合わなかったことを悔やみながら、俺は持っていたタネを姉に向かって思いっきり投げた。




 くそっ!




 ペシッ


 小さな音だったが、確実に姉のこめかみに当たった。

 こんな小さな体だが俺が力いっぱい投げたのだから痛いに決まっている。

 悲鳴と共に姉の手がリリーから離れた。




 よかった。今のうちに逃げろ…………って、あ。




 どこから飛んできたのかと部屋を見回す使用人達に見つからないよう花瓶の陰に隠れていると、たまたまこちらを見たリリーと目が合った……気がした。




 まずい!



 なんとなくそう思い、俺はクルッとうしろを向いた。

 なぜか背後からリリーの視線を感じる……気がする。




 顔を合わせるのが気まずくて、ついうしろを向いてしまった……。

 俺に気づいたよな?




 その後、姉が警備兵を呼んでリリーを指輪泥棒に仕立て上げようとしたので、そっと取ってきておいた指輪をキャビネットの上に置いた。

 このモフモフの体は、小さい物ならその毛の中にうまくしまっておくことができるのだ。


 メイドに焦げたクッキーを突っ込んだ時にも、この毛の中に隠し持っていた。


 宝石が見えるように置いておけば、そのうち気づくだろう。

 これでリリーの疑いは晴れるはずだ。


 指輪を持ってきておいてよかったと、心から思った。




 姉さんには恥をかかせてしまったが、自業自得だな。

 それにしても──。




 俺はずっと黙ったままソファに座っている母を見た。

 母は今のところリリーに何か罵声を浴びせたりはしていない。しかし、姉の言動を止めることもしなかった。




 俺にリリーに関する嘘の情報を教えていたのは母も同じだ。

 母も……姉のようにリリーを扱っていたのか……?




 優しいと思っていた姉は別人のようだった。

 まさか落ち着いていて聡明だと思っていた母すらも、別人のようになったら……。そう考えると不安になってくる。


 母が使用人を全員部屋から出し、リリーと2人きりになった。

 どんな話をするのか。そう思った瞬間──


 ガチャーーン!



「!?」



 リリーが母に声をかけるなり、母は持っていたティーカップをリリーに投げつけた。

 すぐうしろにある壁にぶつかったカップは割れ落ちて、リリーの頬には赤い線ができている。破片で切ってしまったようだ。



「このグズ女。いつからそんな偉そうな態度をできるようになったの?」




 …………今のは本当に母のセリフか?




 あまりのショックで目の前が真っ暗になった。


 今見た行為に聞こえてきた言葉。

 そのどれもが軽蔑するようなひどいものだ。


 まさかそれを、俺の母が……俺の妻に向かって言っているのだ。




 そんな……まさか母まで……!




 足に力が入らず、隠れている花瓶のうしろで俺はペタリと座り込んだ。


 自分の母や姉に向けられる最悪の嫌悪感。

 そして、そんな2人に見事騙されていた自分への嫌悪感。


 ドロドロとした感情に包まれてしまいそうなほど、目の前が歪んで見える。






 ──そんな状態でこの屋根裏部屋に戻ってきた俺は、ベッドに横になったリリーの姿を見てギュッと心臓を握り潰されたような感覚に襲われた。

 近づくたびに心拍が速くなって苦しいのに、なぜか体は自然とリリーのほうに向かっていく。


 枕元にぴょんと飛び乗った時、リリーに名前を呼ばれた。



「ルイ様……」


「!」



 ドキッ


 心臓が大きく跳ねた気がする。

 名前を呼ばれただけなのに、なぜこんなに緊張しているのか。


 つい先ほど知ったばかりのリアが俺の妻だったという事実が、俺の心を乱している。




 正直、リアがリリーだと知ってすごく驚いた。

 なぜ気づかなかったのかと悔しくなって、今までのことをすごく申し訳なく思って、そして……嬉しく思ってしまった。


 リアが俺の妻であったことに、心からほっとしてしまったんだ。




 この感情がなんなのか、なんとなくわかっている。

 俺がリリーに対してそんな感情を持つ資格なんかないってこともわかっている。


 だけど……うまく感情を抑えられるかわからない。




 ……とにかく、今までのことをリリーに謝罪しなければ。




「なんだ?」


「! ルイ様!」



 俺が声をかけると、横になっていたリリーがガバッと顔だけ起き上がらせてこちらを見た。

 リリーの顔が今まで以上に近くにある。




 今だけはこの姿に感謝だな。

 人の姿だったなら、顔が赤くなっていただろうから……。


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