2 私を無視する旦那様
玄関ホールでは明るく楽しそうな声が響いていた。
義母と義姉、そして使用人達が、久々に帰ってきたルイ様を明るく出迎えているらしい。
「リリーにも声をかけたのに、まだいいでしょって言われちゃって」と、義姉のマーサ様が悲しそうに話しているのが聞こえてきた。
……早速私の嘘の話をしているのね。
義母も義姉も、私のことを話す時は決まって被害者のように話す。
「あまりお金を使いすぎないほうが……と言ったのに、無視されちゃった」
「ルイがいない時は、使用人への態度も本当にひどいの……」
「私の大切にしていたネックレス、壊されちゃったの」
などなど。
昔からずっとルイ様の前では気弱で優しい女性を演じているため、ルイ様も疑うこともなく信じてしまっているようだ。
まぁ使用人も全員同意見なのだから、それを信じるのも無理はない。
貴族女性は裏の顔が怖いとよくいうけれど、ここまで裏と表で別人なのは驚きだわ。
お2人の本当の姿を見たら、ルイ様はどう思うのかしら?
……きっと女性不信になってしまうわね。
そんなことを考えている間に、玄関に到着した。
私の姿が見えた瞬間からみんな黙り込み、なんとも言えないピリッとした気まずい空気が流れる。
玄関ホールの真ん中には、ルイ様が立っていた。
美しい白銀色の髪。宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。誰もが目を留めるほどの整った麗しいお顔に騎士らしいたくましい体。
その周りだけ光に包まれているのかと錯覚するほどに眩しい。
「ルイ様。お帰りなさいませ」
ニコッと笑顔を作ってはみたものの、私は今ひどく濃いメイクに派手派手な真っ赤なドレスを着て、宝石をたくさん身につけている。
とても微笑ましい笑顔には見えていないことだろう。
予想通り、旦那様はひどく不快そうな顔をしたあと何も言わずに私の横を通り過ぎた。
今日も無視されてしまったわ。
まぁ、仕方ないわね。
ここ数年、ルイ様とは会話どころか挨拶すら交わしていない。
結婚してすぐに義母に騙され私を避けはじめたため、手を触れることすらもしていない私達は果たして夫婦と呼べるのかしら。
せめて子どもだけでも欲しいと思っていたけれど、この状態ではそれも無理ね。
ああ……なんてつまらない人生なのでしょう。
このあとは家族揃っての食事になるけれど、私は参加しないようにと言われている。
ルイ様には私が行きたくないと言っていると伝えられているようだけど、今さらどう思われてもかまわないわ。
もうすでに嫌われているんだもの。
三人が見えなくなったあと、私はひっそりと部屋に戻った。
*
「え? 魔女の森に行く?」
次の日の朝。
部屋で朝食を食べていた私は、グレンダの話を聞いて食べるのをピタリと止めた。
万が一ルイ様がこの部屋を訪ねた時に見られてもいいように、ルイ様がいる間はきちんとした食事を3食出してもらえるのだ。
これまでに訪ねられたことなど一度もないけど。
私の近くに立っているグレンダは、笑顔を作る様子もなくめんどくさそうに答えた。
「はい。今日から向かうそうですよ」
「そんな……。昨日帰ってきたばかりだというのに。それに、魔女の森だなんて……」
「王宮からの直々の命令らしいですからね。仕方ないでしょう」
態度は悪いけれど、メイド達はこうしてルイ様の情報を私に教えてくれる。
これは義母からの指示で、『あなたは妻なのに旦那の話をメイドから聞かされる立場なのだ』という小さな嫌がらせでもある。
そして、今話している〝魔女の森〟とは、毎年何人もの行方不明者を出している森のことだ。
森には何百年も生きている魔女が住んでいて、気に入らない者を消してしまうという噂があるのだ。
その森にルイ様が?
大丈夫なのかしら……。
「まぁ、そういうことですから、今日旦那様が出発したらまた屋根裏部屋に戻ってもらいますからね」
「……わかったわ」
私はよく夜遊びをしているため朝は早く起きられない、旦那様の見送りすらせず寝ているひどい妻──という設定にされているらしいから、もう今日はあのメイクはしなくていいということだ。
ルイ様が出発したら、いつもの古い服に着替えて掃除を始めようっと。
美味しい食事もふかふかのベッドも魅力的だけど、あのめちゃくちゃなメイクはそれでは補えないほどのストレスだったりする。
あのメイクをしてあの派手なドレスで着飾るくらいなら、この地味な格好のほうが何倍もいいわ。
髪の毛も何もされなければサラサラのままだし。
昨夜もお風呂に入れたため、自慢の薄紫色の髪はサラサラと靡いている。
元々の白い肌も、メイクの際には少し暗い色を塗られてしまうため何もつけていないほうが軽くて楽だ。
魔女の森に行くルイ様は心配だけど、英雄として崇められているくらい強いみたいだし……きっと大丈夫よね?
息子を溺愛している義母は、きっと心配で仕方ないだろう。
ルイ様が帰ってくるまでの間は色々な八つ当たりをされる可能性が高いはず──そんな覚悟を決めて、私は部屋の中で旦那様が出発するのを待った。
まさか、この〝魔女の森〟がきっかけで私の人生が大きく変わることになるとは思いもしなかった。