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17 君がリリーだったんだな


「あんた! 絶対に許さないからっ!!」



 そんな捨て台詞を吐いて、マーサ様は部屋を出て行った。

 たくさんの使用人の前で恥をかいてしまったのだから、この場から逃げ出したくなるのもわかる。


 嵐のようなマーサ様がいなくなった部屋はシーーンと静まり返り、誰もが目を泳がせていた。

 みんな、義母が動き出すのを待っているのだ。



「……ここにいる者はリリー以外各自の仕事を再開するように」


「! は、はいっ」



 義母は低く冷静な声でそう命令すると、使用人や警備兵達は足早にこの部屋から散って行った。

 みんな助かったという顔をしている中、グレンダだけは不満そうに顔を歪めている。




 私と2人きりになって何を言うつもりなのかしら?




 その場から動かないまま、私はジッとソファに座る義母を見た。

 いつもは義姉のように癇癪を起こしやすい義母が、今はやけに落ち着いているのが気味が悪い。



「あの、私ももう行っても──」



 そう言いかけた時、義母が飲んでいる途中のティーカップをこちらに向かって投げてきた。


 ガチャーーン!


 カップは壁にぶつかり、割れた破片が床に落ちた。

 壁の近くに立っていたので、破片が頬をかすったらしい。ジンジンとした痛みを感じる。




 お義母様といいマーサ様といい、すぐにカップを投げつけるんだから。

 もったいないわ。




「このグズ女。いつからそんな偉そうな態度をできるようになったの?」


「…………」


「あんたの意見なんて聞いていないのよ。私は命令しているの。離婚承諾書にサインをしなさい」



 ギロッと睨んでくる義母は、マーサ様よりも全然迫力があって恐ろしい。

 正直ビクッと肩を震わせてしまったけれど、ここで素直に言うことを聞くわけにはいかない。



「……嫌です」


「はっ! 本当に面の皮が厚い女ね。それが本性ってわけ? なんでも言うことを聞くふりして、お金が入るとなったらコロッと変わるなんて」


「お金は関係ありません。お金が大事だったら、毎月マーサ様にすべての私金を渡していません」


「黙りなさいっ!!」


「!」



 義母とはいえ、親と同じ年代の方に怒鳴られるというのは怖いものだ。

 どうしたって手が震えてしまう。



「……まぁ、いいわ。今日のところは部屋に戻りなさい」


「……失礼します」



 もっと罵声が続くと思ったけれど、意外にもあっさりと部屋へ戻る許可が出た。

 もし離婚をしないまま私が家から出れば、それこそ私個人にお金が届いてしまう──それを懸念して、無理やり追い出すことはできないのだろう。


 ふぅ……とため息をつきながら、ゆっくりと階段を登っていく。




 なんとか解放されてよかったわ。

 それにしても、ルイ様は途中から姿が見えなかったけどどこに行ったのかしら?

 見えない場所に隠れてた?

 それとも私の部屋に戻ってる?




 カチャ……



「…………ルイ様?」



 小さく声をかけながら扉を開けたが、返事はない。

 少なくともこの部屋に戻ってきてはいないらしい。



「いないか……。もう来ないかな……?」



 ボソッと呟くなり、私はベッドにうつ伏せの状態で倒れ込んだ。

 どっと疲れが押し寄せてきたようだ。




 私がリリーだったと知って、やっぱりショックだったのかしら。

 それに、マーサ様のあんな姿も見てしまったわけだし……現実逃避としてどこかに行ってしまっていたらどうしよう。




「ルイ様……」


「なんだ?」


「!?」



 すぐ頭上から聞こえた声に、目をパチッと見開いた。

 うつ伏せのまま頭だけ上げると、枕元に白銀色の小動物がちょこんと立っていた。



「ルイ様!」


「……声が大きい。この至近距離でそんなに叫ぶな」


「あ。ご、ごめんなさい」



 肩をすくめて謝ると、ルイ様は気まずそうに私から目をそらした。

 その態度で、自分の嘘がバレた事実を思い出す。




 あっ、そうだわ。

 私……ルイ様に謝らなくては!




「あの、申し訳ございませんでした!」

「悪かった」


「…………ん?」



 謝罪をしたタイミングが同じで、ルイ様の言葉と重なってしまった。

 お互いがキョトンとした顔で見つめ合う。




 今、悪かったって言ってた?




 驚いて何も言えずにいると、ルイ様が小さく短い手で頭の毛をわしゃわしゃと掻いた。



「あーー……気がつかなくてごめん。まさか、その、君がリリーだったとは……」


「いっ、いえ! 言い出さなかった私が悪いんです」


「……言い出さなかったのではなく、言い出せなかったのだろう?」


「!」



 ベッドにうつ伏せになっている体勢から両肘をつき顔を上げた状態で話す私と、その目の前で立っている小さなルイ様。

 こんなに顔を近づけて話すのは初めてだ。


 恥ずかしいけれど、離れたらその隙にルイ様がいなくなってしまうような気がして離れることができない。



「……俺が謝らなくてはいけないのは、リリーに気がつかなかったことだけではない。俺はずっと君のことを誤解していて、ひどい態度もとってしまった。……本当にごめん」



 ルイ様は、その小さな体でペコッとお辞儀をした。

 私に対して本当に申し訳ないと思ってくれているのがよく伝わってきて、なんだかいたたまれない気持ちになる。



「そんな。謝らないでください。ルイ様のせいではないですから」


「いや。リリーの話も聞かずに君を全面的に信じていなかった俺にも責任はある」


「……ルイ様……」


「……リリーがこの家に来てから何があったのか。なぜ俺の前では服装も見た目も違っていたのか。なぜ今リリーはこの部屋で暮らし、あんな扱いを受けているのか。そして、俺の母や姉について……全部話してくれないか?」



 綺麗なエメラルドグリーンの瞳が悲しそうに私を見上げた。



「…………わかりました」



 そう返事をして、私は今までのことを包み隠さず話すことにした。


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