15 離婚はしません!!
「よし! できた」
すべての刺繍が終わったハンカチをバッと天井に向けて広げ、その完成度の高さに自分でうんうんと頷いてしまう。
大満足の品だ。……とはいえ、これはマーサ様に渡すのだけど。
ルイ様の帰還を願ってと言われたけど、ルイ様はすでにこのお屋敷に戻ってきている。
そのため、今回は無事に魔女の呪いが解けますようにと願いながら刺繍していた。
ルイ様にあまり見られたくなかったから、途中から部屋を出て行ってくれたのは正直助かったわ。
「……でも、どこに行ったのかしら?」
階段で休んでくると言って部屋を出て行ったきり、戻ってこない。
先ほどチラリと階段を覗いたがルイ様はどこにもいなかった。
お屋敷の中を探索中?
お義母様やマーサ様の悲鳴が聞こえないということは、見つかっていないのよね?
一体何をしているのかしら。
ガチャ!!
「!」
ノックもなしにいきなり扉が開いたと思ったら、先ほど焦げたクッキーを口に入れられたグレンダがぶすっとした顔で立っていた。
私にその現場を見られたことが恥ずかしいのか、どこか気まずそうな様子だ。
「大奥様とマーサ様がお呼びです。すぐに来てください」
「……わかりました」
私を呼び出し?
一体なんの用かしら……。
一応マーサ様に会うのならと、つい先ほど出来上がったばかりのハンカチを持って部屋を出る。
グレンダに案内された部屋に入ると、ソファに座る義母とマーサ様が目に入った。そして、部屋の周りにはなぜか大人数のメイドと執事が立っている。
なぜこんなに人が……?
まるで公開処刑でもされるような居心地の悪さを感じながらも、義母とマーサ様に頭を下げて挨拶をする。
「お呼びでしょうか?」
「遅いわね! さっさと来なさいよ!」
「申し訳ございません」
私の言葉にすぐにマーサ様が反応した。
義母はずっと冷めた目を私に向けているだけで、何も言ってこない。この場をマーサ様に任せているのか、口を開こうとする様子もない。
「なぜ呼び出されたかわかる?」
「……ルイ様のことでしょうか?」
「そうよ。今日また知らせがきたのよ。ルイを捜索するために森に入ると、なぜか気候が荒れて捜索どころではなくなるんですって。魔女の呪いだなんて言ってたわ」
「魔女の呪い……」
「ええ。だから、ルイの捜索ができないって! 王国の立派な騎士団が笑わせてくれるわ」
「…………」
私はルイ様の無事をわかっているけれど、それすら知らない義母やマーサ様は不安が大きいのだろう。
強気な言い方をしているが、顔色は悪くなっている。
生きていることだけでも伝えたいけど、魔女の呪いで言葉が変換されてしまうから無理ね……。
息子や弟を心配している2人に同情した時、マーサ様から思いも寄らない提案をされた。
「それで、あんたにはルイと離婚してもらうことにしたわ」
「…………え?」
離婚? 私とルイ様が?
「それは、なぜ……」
「もう必要ないからよ。今すぐ離婚承諾書にサインをして、実家に帰りなさい!」
「そんな……! まだルイ様が帰ってくる可能性もあるではないですか! なぜ今すぐに離婚しなければいけないのですか!?」
「…………」
私の問いに、マーサ様は答えない。
チラリと義母に視線を送っているところを見ると、理由があるのにそれを言っていいのかどうか迷っているようだ。
今までどんなに私をいびっても離婚を突きつけられたことはなかったのに! どうしてルイ様が行方不明になったこのタイミングで!? まだ彼の安否もわからないうちから……。
ハッ
そこまで考えて、ある可能性が頭に浮かんだ。
騎士団の任務中に行方不明になったルイ様。
捜索ができない騎士団。
──そんな不甲斐ない状況の責任として、公爵家へある程度の金銭が発生したのではないか。
ルイ様は国の英雄……そんな方に対する国からの償い金として、多額のお金が出るとしても不思議じゃないわ。
そして、もしそうなった場合受取人は妻である私の元に……。
そのお金を私に渡したくないから、2人は私達を離婚させようとしているのね。
黙ったままのマーサ様に、もう一度問いかける。
「国から出される補償金を私に渡したくないから、ですか?」
「!!」
マーサ様と義母はギョッと目を見開いた。
もうその顔を見るだけで、肯定されたようなものだ。
やっぱり……!
まさかルイ様の安否が不明な時に、お金の心配をしているなんて!
前までの私であれば、喜んで離婚を受け入れただろう。
男爵家を立て直せるだけの慰謝料をいただき、それでこんな家からは離れてやる! と。
でも、今はそう簡単に頷くことができない。
ルイ様……旦那様が本当は優しい人だっていうことを知ってしまったから。
彼ともっと話したい。
いつかは私の誤解を解いて、リアが私だって知ってもらいたい。
もう一度、夫婦として仲良くできないかがんばってみたい……そう思ってしまったから。
「申し訳ございませんが、私はルイ様と離婚するつもりはありません」
私の発言に、義母とマーサ様はさらに驚いた顔をした。
周りにいる使用人達も、驚愕した様子で私を凝視している。私が義母達に反抗するのは初めてなのだから、驚くのも無理はない。
「なんですって!? あんた、そこまでしてお金が欲しいの!?」
「お言葉ですが、その言葉そっくりそのままお返しします」
「!! この女……!!」
ガタッと立ち上がったマーサ様は、テーブルを回り私の前にやってくると、私の髪の毛を掴んで引っ張ってきた。
鋭い痛みが走り、思わず声が出てしまう。
「きゃああっ!」
「うるさいっ! いいから早く離婚承諾書にサインをしなさいよっ!」
「い、嫌です!!」
「この女……っ!」
バシッと頬を叩かれ、頭だけでなく頬にも強い痛みが走る。
その時、ペシッという小さな音と共にマーサ様が悲鳴を上げた。
「きゃあっ!! 痛いっ!!」
「!?」
マーサ様は私の髪の毛から手を離し、自分の左目の斜め上あたりを手で押さえている。
何が起きたのかと周りを確認したけれど、使用人達も義母も不思議そうにマーサ様を見ているだけだった。
な……何?
その時、部屋に置いてあるキャビネットの上──花瓶の陰に、白いモフモフした小動物がいるのが見えた。
あれ……まさかルイ様!?




