12 ルイ視点①
魔女の森で頻発して起こる騎士の行方不明事件。
その調査をするため騎士団のリーダーとして森に入った俺は、見事その餌食になった。
団体で行動していたはずなのに、気づけば霧に囲まれ周りには誰もいなくなっていた。
はぐれたというよりは、みんなが消えてしまったような感覚。
姿が見えないだけでなく、声も気配も感じないのだ。
「みんな! コリン! どこだ!?」
視界の悪い中必死に声をかけるが返答はない。
「くそ……っ! なぜ急に霧が……」
魔女の森と呼ばれてはいるが、魔女なんて信じていなかった。
そんなものは迷信だろうと。
たとえいたとしても俺なら勝てるはずだと。
その女が現れたのは、霧に囲まれて5分ほど経ってからだった。
「おや。まだ気を失わないとは、なかなかの精神力だね」
「!? 誰だ!?」
この森には家もなく、女子どもはおろか男だって近寄らない森だ。
そんな森の真ん中で女の声が聞こえたことに心底驚いた。
「この森に入っておいて知らないとでも? ここはアタシの森だ」
その女が片手を挙げると、一斉に黒い鳥が森中から集まってきた。
バサバサッという激しい羽を音を響かせて、俺の頭上をぐるぐると回り続けている。
「なっ……んだ、これは……」
「みんなアタシのかわいいペットだ。アタシが命令すれば、すぐにアンタに襲いかかるよ」
「!」
何十羽と飛んでいるその鳥が、もし本当に一気に襲いかかってきたらかなり危険だ。
突然仲間とはぐれ、突然知らない女が現れ、突然大量の鳥を操り出す──正直何が起こっているのかと頭の中が混乱しているが、俺の口からは自然とある言葉が出ていた。
「魔女……」
「そうさ。ここはアタシの森。勝手に入った罰として、アンタには消えてもらうよ」
「!?」
「……と言っても本当に消すわけじゃない。姿を変えるだけさ」
そう言ってニヤリと笑った魔女は、細長い人差し指をこちらに向けた。爪がとても長いせいか、指が異様に長く見えて気味が悪い。
そんなことを思った瞬間、一瞬にして景色が変わった。
森の中にいたはずなのに、いつの間にか生い茂るたくさんの葉に囲まれていた。
なっ……なんだここは!?
空は見える。不思議なことに、雲の位置も変わっていない。
先ほどと同じ場所に立っているようなのに、見える景色が全然違う。
どうなっているのかと、近くの葉に触ろうとした時──自分の体の異変に気づいた。
「うわあああっ」
短い手には、白い毛がふさふさと生えている。
バッと下を向いて自分の体を確認すると、何かの動物になっているのがわかった。
地面までが近い。
かなり小さな動物だ。
「ど、どうなって……!?」
「あはははは! これはまた可愛いモンになったねぇ」
明るかった森に突然の暗闇がきた……と思ったら、魔女の影であった。
魔女は俺の前にドスン! と座り込むと、楽しそうな笑みを浮かべながらジロジロと見てきた。
「なんの動物になるかはわからないが、こんなに小さくて可愛い動物になったのは初めてだ」
「おい! 早く元に戻せ!!」
「元に戻りたいなら、自分でがんばりな」
「何? 自分で戻ることができるのか?」
「ああ、もちろん。アタシの願いを叶えたらね。まぁ今までに叶えてくれたヤツは1人もいなかったけど」
「どんな願いだ?」
「それはね※▲○◆だよ」
「え?」
なんだ? 今の言葉は。
「聞き取れなかった。もう一度……」
「それから、アンタは周りから見たらただの小動物だ。もちろん話もできない。だけどね、アンタの正体を見破った者とだけは話ができるようになる。がんばってたくさん味方を見つけることだね」
「俺だと気づいた者とだけ!? こんな姿で、俺だってわかるはずがない!」
「誰にも気づかれなかったら……それはお可哀想なことだ」
あはははっと大声で笑う魔女を、俺はただ見上げることしかできない。
「チャンスとしてオマエの家に送ってやろう。家族であれば、もしや気づいてもらえるかもなぁ?」
「なんだと?」
そう返した次の瞬間には、すでに景色が変わったあとだった。
先ほどと同じように緑の葉に囲まれてはいるが、たくさんのピンク色の花びらが見える。そして、見える建物は間違いなくドロール公爵家だった。
本当にあの一瞬で家に戻ってきたのか?
早馬だとしても、あの森からここまでは数時間はかかる距離だというのに。
「〜♪ 〜♪」
「!」
なんだ? 鼻歌? 誰だ?
花や草が邪魔で、人の姿が見えない。
高くて可愛らしい声に明るいテンポの曲。歌っている人物がご機嫌であることがうかがえた。
メイドか? 聞き覚えのない声だ……。
そう思った瞬間、突然自分の下に何か大きなものが入り込んできて、いとも簡単に俺を持ち上げた。
数メートル上空に持ち上げられたと思うほどの衝撃に驚いていると、目の前には俺をジッと見つめる女の顔があった。
うわっ! だっ、誰だ!?
見たことのない女。
薄い紫色の髪に、ピンク色のぱっちりとした大きな瞳。色が白く、可愛らしい顔をしている。
メイドか……?
「まぁ……なんて可愛いの。なんという動物なのかしら? どうしてここに?」
女はそう言いながら、俺の背中を指で撫でている。
可愛い!?
撫でるな!
と言ってやりたいのに、どうにも撫でられている部分が心地よい。これはこの動物の体のせいなのか。
……だが、たとえ言ったところで通じないんだったな。
俺の正体に気づいた者としか話せないと魔女は言っていた。
はぁ……と大きなため息が出てしまう。
こんな可愛いなんて言われている小動物が俺だなんて、一体どこの誰が気づくというのか。
その時、俺を撫でたままずっと見つめていた女が口を開いた。
「もしかして、あなたはルイ様?」




