11 小さな獣、メイドに逆襲する
廊下の先に、白銀色の小さなモフモフが見える。
声が聞こえたので私にはすぐに見つけられたけれど、誰か人がいるのかと視線を上げて探しているグレンダはまだルイ様に気づいていないらしい。
ああっ! ルイ様!
こっちに来てはダメです!
そんな私の願いが届くはずもなく、目をつり上げたルイ様はちょこちょことこちらに向かって歩いてくる。
「腐った食べ物で作ったクッキー? そんな物を、リアに食べさせようとしただと……?」
ブツブツ呟いている声が少しずつ近づいてくる。
私が誰もいない背後をずっと見つめているので、グレンダからは笑顔が消えて不審そうな顔になっていた。
「何を見ているんですか? とうとう頭がおかしくなったんじゃ……」
「リアの頭がおかしい? 頭がおかしいのはお前だろう」
グレンダの質問にルイ様が答えているが、もちろんその声はグレンダには聞こえていない。
その声の低さに冷たい言い方。
ルイ様がグレンダに対して相当な怒りを感じているのは間違いない。
どうしよう……!
ここでルイ様に話しかけるわけにはいかないし……。
「自分がやったことだ。自分でしっかり責任を取るんだな」
そうボソッと呟いたあと、ルイ様は私の前からパッと消えた。正確には、ものすごいスピードで私の横を通り過ぎたのだ。
私がグレンダのほうを振り返った時には、グレンダの口に黒い何かが挟まっていた。
「!?」
それがさっき渡された焦げたクッキーだと気づいたのは、砕かれたクッキーのカケラがボロボロッと床に落ちたからだ。
あのクッキー持ってきていたの!?
いつの間に!?
そしてどこに隠し持っていたの!?
「きゃあああああっ!!」
その焦げた香りと食感で、クッキーだと気づいたグレンダが叫び声を上げる。
「なんでこれが!? くっ、口の中に!!」
グレンダは真っ青な顔をして、口元を手で覆いながら足早にどこかへ行ってしまった。
おそらく口の中に入ったクッキーを吐き出しに行ったのだろう。
ポツンと残された廊下は、しーーんと静まりかえっている。
「……ルイ様」
「なんだ?」
廊下に置いてある小さなサイドテーブルの陰から、白銀色の小動物がぴょこっと顔を出す。
「今、何をしたんですか?」
「自分で作ったクッキーを食べさせただけだ」
「……持ってきていたんですか?」
「ああ。この姿では叱ることもできないからな。口に入れてやろうと持ってきていたが、まさか元々腐っていたものとは……しかもリアに対してあの態度。元に戻ったら即解雇だな」
「…………」
堂々と言い放つルイ様を見て、呆れてしまうと共にプッと吹き出してしまった。
実際に見ることはできなかったけど、焦げたクッキーを持ったままジャンプしメイドの口にそれを突っ込んだのかと──。
こんなに小さいのに……!
そんなに高くジャンプしたなんて……。それに、自分の体の半分はある大きさのクッキーを抱えて……!
そんな姿を想像するだけでかわいい。
グレンダには悪いと思うけれど、どうにも笑いが止まらない。
「ふっ……ふふっ……」
「……なぜそんなに笑っているんだ?」
「い、いえ。なんでもな……いです……ふふっ」
「?」
まさかルイ様が可愛らしくて──なんて言えるわけがない。
プルプルと肩を震わせて笑う私を、ルイ様は不思議そうな顔で見つめていた。
*
さすがに私が倒れてしまうことを懸念したのか、昼食は少量であったが出してもらえた。
ルイ様と分け合って一緒に食事を取る。
「なんとか食べられてよかったですね。ルイ様」
「そのセリフはおかしいぞ、リア。食べるのは当然の権利なんだ。それに、この料理は決して『よかった』なんて言えるものではない。これも腐っているのではないか?」
「新鮮な野菜ではないからそう感じてしまうだけですよ」
「そんなものなのか……?」
不貞腐れた様子でブツブツ言っているが、その姿は頬袋が広がっているただの可愛い小動物だ。小刻みに動く小さな口が、さらに可愛さをプラスさせている。
ああ……なんてかわいいのかしら。
なでなでしたいわ。
あのフワフワの白銀色の毛をなでなでしたい……。
少しでいいので撫でさせてください! と言いたいけれど、私は今ルイ様の妻ではなくこの公爵家の雑用ということになっている。
当主であるルイ様だとわかっている上で、そんなお願いは絶対にできない。
まぁ……妻という立場だとしても、私とルイ様の現在の夫婦関係ではそんなこと絶対に言えないけれど。
もし私が妻のリリーだと名乗り、ルイ様の誤解が解けたなら今のように仲良くできるのかしら。
ルイ様が元の姿に戻ったあと、ちゃんとした夫婦になれる……?
それはまだわからないけれど、まずはルイ様の呪いを解く方法を考えなければいけない。
私は固いパンを頬張るルイ様に話しかけた。
「ルイ様。呪いを解く方法なのですが、どうやって調べたらいいのでしょう?」
「それは俺も考えていた。うちには魔女に関する本などはないから、王立図書館などに行くしかないかもしれない」
「王立図書館……」
「貴族しか入れないから、リアには無理だろう」
「…………」
私は一応ドロール公爵家の夫人だから、王立図書館に入ることはできるけど……問題は家を出られるかどうかだわ。
一人でドレスを着て身なりを整えて馬車に乗って図書館に行く──それが難しいわね。
「そこで考えたのだが──」
真剣な表情で話すルイ様を、ジッと見つめ返す。
私を雑用だと思っているルイ様は一体どんな作戦を思いついたのだろうか。
何かいい案が……!?
「俺の姉に頼んで、代わりに図書館に行って本を借りてきてもらうというのはどうだ? 姉は優しいから、リアがお願いすればきっと快く行ってくれるだろう」
「…………」
全然ダメだったわ……。
100%失敗する作戦ね。
「どうだ?」
「えぇーーとぉ……」
どうしよう……もう、実際にマーサ様の本性をお見せしたほうがいいのかしら?




