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10 怒る小さな獣


「あんたは今日も部屋で仕事をしてなさい! ルイが帰ってきた時に渡せるように、このハンカチに刺繍をするのよ! 無事に帰ってくることを祈っていたというようなデザインにして」


「はい。マーサ様」



 次の日の朝。

 朝食を取りにきた私を呼びとめて、マーサ様が白いハンカチを手渡してきた。



「……ルイの新しい情報が入ってないか、聞いたりしないのね。本当に冷たくて最低な女だわ!」




 だってルイ様は今、私の部屋にいるもの。




 そんな言葉を胸にしまい、私は冷静に聞き返した。



「見つかったのですか?」


「まだよ! でも、あのルイがそう簡単にやられるはずがないもの。きっと戻ってくるはずよ。まぁ、今は帰ってこないからあんたに食事は与えないけどね」


「!」



 贅沢三昧な生活をしている私がガリガリに痩せているのはおかしいので、少なくても食事は出してもらえていた。

 でもルイ様が当分帰ってこないとなると、私に食事を出す意味がなくなる。


 空腹で苦しむ私を見て楽しみたいのだ。



「昨夜も今朝も、出してもらえなかったでしょ? いつまで耐えられるかしら?」



 ニヤニヤと笑うマーサ様は心底楽しそうだ。

 この歪んだ笑顔のマーサ様をぜひルイ様にも見せて差し上げたい。




 でも、食事をもらえないのは正直困るわ。

 私だけならともかく、今はルイ様の食事でもあるのに……。




「安心してよ。さすがに死なれては困るから、私が分けてあげるわ」


「え……」



 そう言って、マーサ様は近くにいたメイドのグレンダを呼んだ。

 最初からそのつもりで待機していたらしく、グレンダは何か言われる前にマーサ様に丸く包まれた布を手渡した。



「これはね、クッキーよ。グレンダがあんたのためにわざわざ焼いてくれたのよ」


「…………」


「ありがたいでしょ? 早く受け取りなさいよ」


「……ありがとうございます」




 何? 朝食はくれなかったのに、クッキーをくれるの?

 私のために焼いたなんて嘘だと思うけど、どういうこと?




 疑問はたくさんあるけれど、いやらしくずっとニヤニヤしている義姉とは早く離れたい気持ちのほうが強かった。

 



 気味が悪いわ。

 でも、なんとかルイ様に召し上がってもらえる物が手に入ってよかった。




 その袋を大事に持ち屋根裏へ続く階段を上がっていく私を、マーサ様とグレンダが意味深な笑顔で見送っていた。







「ルイ様、朝食のクッキーです」


「朝食の……クッキー?」



 机の上に座っているルイ様は、今のは聞き間違いか? という顔で私を見上げた。

 今までに朝食としてクッキーを食べたことがないのだから、不思議に思っても仕方ない。



「ごめんなさい。今朝もお食事をもらえなくて……。でも、メイドが作ったクッキーをくれたんです。これでなんとか……」


「また食事をもらえなかっただって!? 料理長は一体何を考えているんだ!?」



 ルイ様は激昂した様子で立ち上がったけれど、短い足で立っている姿は恐ろしいどころか可愛さで溢れている。

 こんな愛らしい生き物を見られるのなら、少しくらいご飯を減らされてもいいと思ってしまうほどだ。──なんて口が裂けても言えないけど。




 だいぶ怒っているわね……。

 とりあえずクッキーを食べて怒りを鎮めてもらわないと。

 このままではこの姿で料理長の元へ行ってしまいそうだわ。




 ルイ様の正体に気づかないまま料理長がルイ様を捕まえてしまっては大変だ。

 私は慌てて持っていた袋をテーブルの上に広げた。



「さあ! とりあえず食べましょう! クッキーも結構お腹にたま…………あれ?」


「…………なんだ、これは」



 広げた布の上には、真っ黒の丸い塊がいくつも入っていた。

 一瞬何かわからなかったが、これは焦げたクッキーだ。




 真っ黒!

 まさかこんなに焦げたクッキーだったなんて!




 あの時ニヤニヤしていたマーサ様達の顔が浮かび、なぜあんなに楽しそうだったのかを理解した。




 私への嫌がらせのためにわざわざ焦げたクッキーを?

 食べ物を粗末にするなんて許せないわ。

 ……でも、それよりもルイ様の食事をどうしよう……。




「あの、ごめんなさい! まさかこんなに焦げているなんて思っていな──」



 そう謝りながら振り返ると、ルイ様は黒いクッキーのそばで小さな体をプルプルと震わせていた。

 怒りでそうなっているのか、オーラが怖い。



「ル、ルイ様?」


「料理長といい、このクッキーを渡してきたメイドといい、なんなんだ……? なぜこんなにもリアを冷遇する?」


「あの…………あっ! ルイ様!!」



 ルイ様は小動物特有の動きの速さで、テーブルから飛び降りるなり扉に向かって走り出した。そして扉の下の少しだけ空いたスペースから出て行ってしまった。




 ええっ!?

 あそこを通れるの!?

 なんて驚いている場合じゃないわっ! 捕まったら大変!




「待ってください!」



 慌てて私も扉を開けたが、もうルイ様の姿はなく走っている音も一切聞こえなかった。




 速っ!!

 もう! どこに行ってしまったの!?




 バタバタと階段をかけ下りると、グレンダと廊下でばったり会ってしまった。

 グレンダは私の慌てた顔を見るなりニヤリと笑う。



「先ほどのクッキーのお味はいかがでしたか?」


「……食べていないわ」


「まあ。どうしてです? お腹が空いているのでは?」



 クスクスと笑うグレンダは、私の不快そうな様子を喜んでいるようだ。



「こんなことのために食べ物を粗末にするなんて……」


「あら、安心してください。あの食べ物は元々腐っていたものなので、何も問題ないですよ」


「!」



 元々腐っていた!?

 それを焦がして焼いて、私に食べさせようと!?



「なぜそんなひどいこと──」


「どういうことだ?」


「!?」



 理由を問いただそうとした時、背後からルイ様の低い声が聞こえた。

 グレンダにはルイ様の声は聞こえていないらしく、突然うしろを振り返った私を見て驚いている。



「何ですか? うしろに何かあるの?」


「…………」



 グレンダの質問に、私は何も答えられない。

 なぜなら、怒りで毛をバサバサに立たせてこちらに向かってくる小さな獣が見えているからだ。




 ど、どうしましょう!

 ルイ様、すごく怒っているわ!!


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