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ペンキ塗りとステーキと俳優談義

翌朝、起きていったら(私は週末寝坊だ。それくらいの楽しみがあってもいいだろう?) またもや既にコーヒーができていた。誰かがコーヒーを入れてくれるのはいいことだ。でも、イギリス人はいなかった。イギリスのどこかに行っているのだろう。コーヒーを飲みながら、昨日仕事部屋にしようと思っている部屋に行ったら・・・・クラーク氏が何かやっていた。

「おはよう。寝坊だね。」と床を改めながらこちらを見て言った。

「平日はちゃんと寝てないから、寝ダメ。ところで何をしているの?」

「ここを仕事部屋にどうかと思って・・・」

「え?ダメ。ここは私が仕事部屋にしようと思って・・・」

「ここも共有空間か・・・・・」 って、私がいるんだから共有よ!

「ルールだと、共有空間で仕事はしないのよね?」

「そう・・・・・・・でも、どこか仕事部屋が欲しい。」

「私も!」

「寝室を譲ったんだから、ここは僕にくれよ。」

「でも!」

「何?」こんな気持ちのいい部屋を明け渡すなんて・・・・

「あなたの家のほうが広いんでしょ?他に部屋はないの?」

「ここが一番良さそうだったんだ。」

「でも、私のほうは共有空間ではない部屋は2階の客用寝室しかないんだもの。お願い。他にないの?あなたのイギリスの家に?」

「ふむ・・・・・・・・・・・・・・君が仕事をするときは僕は使わない。僕が仕事をするときは、君は使わないってのは どうだ?もちろん、僕は集中しているときは他人のことは気にならないから、一緒にこの部屋にいてもいいけど。」・・・・かち合ってもいいのか?

「あなた、本を声に出して読むんでしょ?」

「そうだよ。気になるんだったら、そのときは部屋から出ていけばいい。」 どうせ、隣のリビングにいても聞こえるほど大きな声でぶつぶつ言うんでしょうね。

「いいわよ。でも、ここの床はワックスかけないとだめよ。」

「壁もキレイにしたほうがいい。」 あ、そこまで気がつかなかった・・・

「いいんじゃない?汚い?」

「僕がやる。」 やってくれるんなら、頼もうか。

「じゃ、それで・・・・」と言って、イギリス人は出かけて行った。どこに行ったんだろう?私も、ワックスとか机のペンキとか考えないと・・・・・またホームセンターに行った。30代後半に突入したいい年の女がホームセンターに日参するというのはいかがなものだろうか?あの部屋の雰囲気といえば、床はきれいなチェストナット。壁は昔、きっとクリーム色かなにかで落ち着いた感じだったのではないだろうか?机の色はこんな感じかなあ・・・・・と思って床と同じような色のペンキを買った。家に帰ってみると、既にイギリス人は壁のペンキ塗りに取り掛かっている。

「やったこと、あるの?」

「あるよ。売れない時代はいろんな仕事をした。多分、やり方は覚えているはず・・・」と言いながら、私が想像していたのと同じような白に近いクリーム色に塗っている。一刷毛ぬって、こちらを見ると

「どう?」と聞いてきた。何も言わないでいると、

「気に入らないの?君の家の部屋だよ。意見を言って!」とまた、聞いてきた。

「私が想像していた色、どうしてわかったの?」

「え?こんな感じだって思ったから、これを選んだだけ。床の色とか雰囲気。僕はこの家の外観を見ることできないし・・・大体の感じだよ。で、気に入った?」

「ばっちり。」

「じゃ、手伝ってよ。僕は明日からいないんだから。」なんだよ。私もペンキ塗りをするんじゃないか。結局、日中ずっとペンキ塗りをして(ときどき、ダメ出しがでた)最後まで終わらなかった。壁が一面、残ってしまったのだ。

「ああ、終わらないか・・・」とため息をつくクラーク氏。

「私が残りをやるから、大丈夫。」

「そうだな、君の家だしな。でも、できるのか?」そうよ、私の家。手伝ってくれたのはありがたいけど。

「大丈夫だと思う。」

「僕が帰ってくるまで残しておいてもいいんだぞ。」

「やってみる。」

「だめだったら、途中でもいいから放っておいてくれ・・・・ああ、腹減った。」

「そうね。」

「肉、焼くぞ。炭を熾そう。」

「外で焼くの?」

「炭のほうが美味いだろ?」またもや、苦労して火を熾して、サラダを作って・・・・

「すごい、いい肉なんじゃないの?これ。」

「普通のステーキ肉。」

「いつも、こんな物食べているの?」

「まさか・・・・・気が向いた時に買ってきて焼くだけだよ。」って、1人で食べるのか?彼女とか?とか考えながら炭の上のスキレットが熱くなるのを見ていた。

「ジャガイモ、炭で焼こうか?」と提案してみた。

「いいね。」

「ビールいる?」

「欲しい。」青い目は真剣に火加減を調節している。大丈夫だろうか?将来の007。007は料理もできる男っていう設定なのか?ジャガイモを半分に切ってアルミホイルに包んだものを適当に炭の中に放り込んで、イギリス人の背中を見ていた。彼は丸首のフィッシャーナマンセータにダウンベストを着て、火の加減を調節している。なんだかな~一昨日、かなり変わった状況、異常な状況で会ってから、今日を含めて3回も一緒に食事をしている。普段、お一人様が多い私としてはかなりの異常事態だ。それも男性と一緒の食事・・・・それも俳優・・・・それも近いうちに007になるという・・・・ 肉とか芋なんか食っていていいのか?

「ここに座っていると、君はボーッとしてしまうのか?肉焼けたぞ。」

「ありがとう。」今日は風もなく月が雲間から見え隠れしている。火の傍にいれば、外でも食事はできそうな気温だ。

「うまく焼けてる。美味しい・・・・」

「肉はちゃんと焼けることを証明できた。」

「あと、コーヒーも入れられるでしょ?」

「そうだな。」

「ペンキも塗れる。」

「そうだ。」

「そして、俳優。いろんな人を演じられる。どんな感じ?自分ではとても好きになれないような人格とか、理解できない人格の人でも演じなければならないんでしょ?どうやるの?」

「難しい質問するね。君はインタビュアーか?」と目じりの皺が深くなって、にっこりと笑った。あら、いい笑顔じゃない。イギリス人。

「好きになれない人物については・・・・・まず好きになれる点を探してみる。また、逆になんで好きになれないのかを考えて、その点が特に目立つのであればそのように真似てみる。理解できない場合は・・・・・スクリプトをよく読んで、監督がどんな人物を求めているのかも参考にし、自分の考えもいれて作り上げる。」

「時間がかかりそう・・・・・」

「すぐにわかる役はいいんだけどね・・・・難しいと・・・・時間かかるな。」

「セリフはどうやって覚えるの?」

「職業だから、アタマに入る。でも、こんなこと言わないというようなセリフの場合はアタマに入らない。何度やってもダメ。」

「どうするの?」

「監督に相談する。こんなこと言わないんじゃないか?とか。」

「意見をしてもいいの?」

「何でも、かんでも言えばいいってもんじゃない。妥当だと思うことは意見を言ってもいいと思う。だって、みんなで作っているから。」

「主役だとモノをいいやすい?」

「う・・・・・ん。そうかもね。」

「007はどう?」

「秘密。」

「じゃ、聞かない。」

「明日からはすべて007関係で動くことになるなあ・・・」

「役を引きずって家にも帰るの?」

「そんなこと・・・・しないようにする。」

「普段はするの?」

「段々、コントロールできるようになってきた。」ははあ・・昔はできなかったのかしら?

「引きずる役もあれば、そうでないのもあるよ。」

「面白い。」

「そうか?君は仕事を引きずって家に帰ってくるの?」

「そんな時もある。」

「そして、家で仕事をする。」

「楽しくて、止めたくないという理由で仕事をするときと、イヤだけど気になって気持ちの切り替えができないでダラダラと引きずることもあるかな。」

「仕事が好きなんだな。」とクラーク氏は呟いた。

「仕事の好きな女は嫌い?」

「いや・・・・そんな意味じゃない。何か一所懸命になれるものは誰にでも必要だ。」と言って、またどこかに気がそれている。しかし、突然こちらに視点をあわせると急に口調を変えて言った。

「あの部屋・・・・」

「なに?」やっぱり俺にくれ、って言うのかと身構えた。

「いい部屋になるよ。なんか落ち着く。」

「そうだといいね。」

「なるよ。」

「僕がペンキを塗ったから?」

「まあね。明日、早いのかい?」

「8時には家を出るけど?そっちも早いんでしょ?」

「まあ、似たようなもんだ。ワイン飲む?」と言って、イギリス人は立ち上がった。

「あ、昨日飲んじゃった。ワイン。」

「買ってきた。」

「じゃ、飲みます。」

「グラスは君のを使っていいのか?」律儀だなイギリス人。

「もちろん。」火が弱くなってきた。炭を少し足して炎の勢いを上げてみた。イギリス人は

「寒い?使ったら?」と言いながら、脇に挟んだフリースのひざ掛けを私の膝の上に落とすとグラスをくれた。

「あ、ありがとう。」

「どういたしまして。」

「寒くないの?」

「大丈夫。火、また熾したんだ」

「そう。炎を見てるとなんか暖かいでしょ?」

「そうだな。」お互い、火を見て何も言わない状態が暫く続いただろうか?同時に声を発した

「あのさ。」

「あの・・・・・」

「何?」

「そちらから、どうぞ。」

「いや、いい。君は?」

「いい。特に何か言おうと思っていたわけじゃない。」本当は、一緒に食事をしておしゃべりをして楽しいということを言いたかったのだが、止めてしまった。向こうはしょうがなく付き合ってくれているだけだし。

「面白いな。最初はとんでもないことが起こったと思ったけど。」

「面白いって、この家のこと?まだ、続くのかしら?」

「さあ・・・・何が起きているのかわからないけど・・・お互いの国には足を踏み入れられない。僕は君の家の一部の部屋にしか入れない。君は僕の家には来られない。おかしい。」と片方の口で笑っている。目元はまた笑いジワ。

「あなたの家ってどんな感じ?」彼の家の話はしてはいけないような気がしたけど、聞いてしまった。

「ロンドンの近郊にある一軒屋。すごい古いって話だ。赤レンガで地下室つき2階建て。君のところに通じているメインベッドルーム、リビング、台所、書斎と客室が4つ、浴室、トイレ、クローゼットと庭があって・・・・・そういえば、庭の感じは少しここに似ている。また、明日からいなくなるから 主がいないかわいそうな家になっちゃうな。」 誰かと住む予定で買ったのか?とうっすら思った。続けて、クラーク氏はちょっと悲しそうに

「こんな感じに人がちゃんと住んでいて、手をかけてやればいい家になると思うんだけど。」と付け加えた。

「私の家のペンキ塗りをしている場合じゃないわね。」

「まあ、おかしなことに君の家と繋がっているから、今日のペンキ塗りも僕の部屋のをやっているのと同じことだ。」

「そうね。」

「そう。ガランとした玄関を入って、リビングのドアを開けるとここに立っているわけだし、ここ2日ほどは非常に食欲をそそる匂いもしていて、幸せな気分だよ。」

「それはよかった・・・・」 よかった、よかった、寛いでくれたんだ。グラスのワインもなくなり、時刻は23時近い。寝るか・・・・

「肉、美味しかった。ワインもご馳走様。今日はいい運動をしたからゆっくり寝られそう。」

「そうだな。」火を落として台所に食器の類を片付けて、リビングでイギリス人と向き合った。

「じゃ、10日後に。おやすみ・・・・」

「おやすみ。」何かイギリス人は続けて言いたそうに見えたのは気のせいか?


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