想像して、当ててみてよ。
いつものようにミネストローネは圧力鍋のおかげで美味く出来上がった。駅前のベーカリーで買ってきたパンも最高。赤ワインも美味い。iPodはランダムに私の好きな曲を流している。
「ああ、幸せ・・・・」 赤ワインを注ぎ足して、ソファにもたれて読みかけの本を開いた。
「これから肉を焼くけど食う?」と台所から声がしてイギリス人が顔を出した。
「わ!びっくりした!」
「そんな、驚くなよ。僕の家の台所はそのまま外にも出られるんだ。そこから台所に直接入ってきただけだ。」
「でも、ビックリした・・・」
「この鍋、なに? お、うまそう。スープ?シチュー?」
「ミネストローネだけど?食べますか?おごりますよ。」
「おごってくれるの?」
「そう。おごり。」
「じゃ、この肉は明日、僕がおごってあげるよ。どう?」(口を見ていたら、Deal?と言っている)
「いいですよ。取引成立ってことで。パンはそこにあるから、適当に切って食べたら?」
「いただき!」なんか、すごい うれしそう。さっきの浮かない顔は消えている。この家、買うときに何か揉めたのかな・・・・ なんていらないことを考えながら、読書の続きに入った。台所ではスプーンが皿に触れる音と何か紙をめくる音しかしない。1人で食事するのは味気ないかな・・・とワインを舐めながら思った。ちょっと覗いてみるか・・・グラスを持って台所に入ると、イギリス人は食事をしながら本を読んでいた。傍に立っている私に気がつくと、スプーンを銜えて本のページを押さえながら無言で(当たり前だ、口が塞がっているんだから) あの青い目で向かいの椅子を見て 「座ったら?」と合図をした。
「1人で食事をするのは味気なくない?」
「まあ、パーティーとか友達に会う以外は1人でこんな感じで食べるよ。そうだな・・・・それから食べる相手が生憎捕まらないときとか・・・・」と言って、ちょっと自嘲的に片方だけ笑った。
「あら?俳優は一緒に食べる相手に困らないんじゃない?」
「そんなこと、ないよ。」
「毎日、パーティーとか・・・?」
「そんな毎日ない。酒ばかり飲んでいると思ってるだろ?」
「ショービジネスの世界なんて知らないし。映画のイメージや、華やかなイメージしかない。」
「まあ、そうだろうなあ・・・(喋りながら、モグモグしている)でも、普通の人達だよ。そりゃ、共演していてもずっと『スター』の仮面を取らない人とか、自然にオーラが出ちゃっていて、それが自然体でどうしようもない人もいるけど、ごくごく普通だよ。もちろん。合う、合わないもあるし。人間が集まればそうなるだろ?」
「そうね。会社の中でも合うとか合わないとかある。男優も女優も家に帰れば普通のお父さんだったり、お母さんだったりするのね。」
「そうそう。飲みすぎて二日酔いとか、カッコ悪いのもあり。彼女にフラレルのもあり・・・・」と言ったときのイギリス人の目は家探しの経緯を話していた時と同じに見えた。なんか違うほうを見ている。
「ま、そんな感じだ。うまかったよ!ご馳走さま。君は料理ができる・・・・うまいんだな。」
「時間があって、やる気があれば作るけど、いつもは時間がないから、適当なものを食べている。いつも疲れて帰ってきて・・・・ビールかワインを飲んで・・・・」
「寝る?」
「そう。毎日同じ。映画スターのように刺激も何もない。」
「僕のいるところだって、同じだよ。そりゃ、映画が新しく始まるたびに違う人達に囲まれはするけど・・・」
「でも、違う考えやアイディアに触れる機会は多いじゃない?そして、自分が啓発される。とっても刺激的よ。」
「・・・・そうだな・・・・刺激はあるね。でも作るという作業は地道なことだよ。同じ作業の繰り返しだ。そして、人間同士がぶつかり合う可能性も高い。何をして欲しいのか全く説明できない監督とか、仕切りの悪いスタッフとか、エゴイストの共演者とかに囲まれて・・・・イライラしながら何か作っているんだ。でも楽しい事ももちろんある。達成感だってある。君の仕事だって、何か作っているわけだろ?」
「んんん~作っているというか・・・・・」 まあ確かに新しいシステムとかプロジェクトとかは何かを作る作業なのかもしれない。
「そうかも。何か作ったり、目標に向かってみんなでいろいろやっている。」
「同じさ。」
「そかな。」
「そうだと思うけど?僕の世界の場合は出来上がったものをお披露目するときに派手だったり、俳優とか表に出ている人がヘンな目立ち方をする。それが違うのか?な?」
「・・・・・インターネットに出ちゃったりとか?ゴシップ欄に出ちゃったりとか?」
「そう。」
「ウンザリ?」
「しょうがない。皆がそんなことに興味があるなら、やらせておけばいい。」
「大人なのね。」
「処世術だよ。この世界にいるんなら、ビーチで水着になっているのが写真になっても、彼女と街中でキスしているのが写真になっても、怒っちゃいけない。」
「うう~ん。私は耐えられそうもない。」
「耐えられない場合は、その好きな世界からサヨナラするか 徹底的に戦うかの二者択一になる。」
「引退かマスコミと全面戦争?」
「そう。でも、辞めたくないし、そんなの耐えられるから、続けている。楽しいんだよ。」とヒタと青い目がこちらを見つめ続けて語っている。なんか、変な感じだ。俳優業、好きなのね。面白いので質問を続けた。
「映画と舞台とどっちが好き?」
「両方。それぞれ、違う面白さがある。」
「舞台はやらないの?」
「今は映画が多いね。」
「いつかは戻りたい?」
「そうだね。それに・・・・」
「?」
「作るほうもやってみたい。でも、当分お預けだな。」
「?」
「誰にも言わない?」
「言う相手がいない。」 両方の口角が上がって笑みになった。笑いジワも深くなった。
「そうだな。実はさ、大きな映画の主役になった。まずいことに伝説の男を演じなければならない。」
「誰?」
「想像してみてよ(口はguess と発音している)。」
「歴史上の人?」目が笑って違うといっている。
「シリーズもの映画で、今までやっていた人ができなくなったとか?あ!わかった!」 まだ目が笑っていて、言ってみろと促した。
「スターウォーズでしょ?まだ続編ができるって・・・・」 アタマを逸らして大笑い。また青い目がこちらを見据えている。間違えたらしい。
「違うよ。でも、近いかもしれない。」
「インディージョーンズ?」
「違う。」
「スーパーマン」
「違う。」
「降参!」
「・・・・・ダブル・オー・セブン!」
「えぇ~本当に?」私がよっぽど意外そうな顔をしていたのだろう。
「本当。ダメか?僕が007じゃ?」
「私・・・ショーン・コネリーとかピアース・ブロスナンのイメージしか沸かないなあ・・・・ショーン・コネリーのボンドは何か・・・野性味があってすぐに女の人に手を出しちゃう感じ。ロジャー・ムーアはちょっと年行き過ぎ、ピアース・ブロスナンはまあいいと思うけど・・・・あまり真実味のないスパイ映画って感じかな。面白いけど。」
「あまり詳しく言えないんだけど、今度のはもう少し・・・・なんていうのかな・・・悩んで、怒ってというボンドだよ。ちょっと違う。」
「なるほど・・・・」で、金髪で青い目のボンドってことか・・・ 今度は私がじっとイギリス人の顔を見ていた。彼の顔からタキシードを着たボンドとか、サイレンサーつきの銃を持ったボンドを想像してみようと思ったのだ。だめだ。想像できない。第一、焼き芋食べていたし・・・・・私が何も言わないので不安になったのか
「僕は自分の007でできると思っているんだけど?」と言って、ちょっと眉間に皺が寄ってムッとしたような、真剣な顔になった。
「今までのイメージが強すぎて、想像できなかっただけ・・・です。」
「・・・・・・・・・・・・・そうか・・・・・・・・・ 分かっていたんだ。今までの人達のイメージで人は見るから・・・・・・・・・」
「でも、チャレンジするんでしょ?」
「そう。やる。」
「いいもの作ればいいんでしょ。」
「・・・・・・・・うん。そうだ。」飲みながら喋っていたから時間が速く過ぎたのか、既に真夜中を過ぎていた。
「部屋に引き上げまます。鍋はそのまま置いておいて。皿は・・・」
「洗っとく。」
「ありがとう。お休み。」 と言って、そそくさと自室に引き上げた。なんだか・・・楽しかった。