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歩み寄り

あれは悪い夢だったんだ・・・・翌朝、爽やかな11月の冬晴れの土曜日。あ~眠いなあ~と思いながらパジャマのままリビングに行ったら・・・・イギリス人が昨日の通りいた。

「コーヒー飲む?勝手に入れたよ。」と特に昨晩のラストシーンを気にしている感じもなく、普通に聞いてきた。彼のほうはどこかに走りにでもいったのか、スポーツウェアで英字新聞を読んでいる。私が不思議そうに見ていると

「忘れた?僕はイギリスで生活しているから、外に・・・つまりイギリスを走って、帰りにイギリスの新聞を買って帰ってきたというわけだ。」

「はあ・・・・」と私は ため息とも返事ともつかない声を出した。まだ、この混乱は続いているわけだ。コーヒーをマグカップに注いで、できるだけ彼が座っている場所から遠い場所に座った。

「昨晩は・・・・疲れていて、ごめんなさい。冷静さが消えました。」と一応謝りの言葉を述べてみた。イギリス人は ちらっとこちらを見て、何も言わないで新聞を読んでいる。

「ちゃんと寝たんですか?」

「・・・・・・・違う部屋で・・・・・」 でも同じ部屋に寝るわけにはいかないでしょうが!と思ったが何も言わなかった。

「ベッドはまだ買っていないけど、あの部屋にしようと思っていたんだ。メインベッドルームだから。でも、いいよ。君は一ヶ月前に越してきたんだし。このヘンな現象が収まるまで、あの部屋を使っていても。」なんか・・・ひどい発言じゃない?

「ここは私の家なんだから、どの部屋を使ってもいいはず。あなたの許可は要らないんじゃない?」今度は先方がムッとしたようだ。

「それは日本での話だろ?」

「あなたのはイギリスでの話でしょ?」段々、険悪な雰囲気が立ち込めてきたのにお互い気がついた。いい大人が朝から・・・・・

「ルールを決めないか?」とイギリス人は提案してきた。

「い・・いいわよ。何?」 昨晩はよく寝られなかったから、そんなことを考えていたんだな、イギリス人!

「まず・・・・君はきれい好き?」

「まあ、普通よ。潔癖症じゃない。」

「じゃあ、部屋はどちらかが汚いと思ったら片付ける。」普通じゃないの?そんなこと。

「冷蔵庫の中のものは、使ってもいいけど、事前に断るか事後に報告する。」細かいわね、イギリス人。

「最後に・・・・は連れ込まない。」

「え?何?」

「恋人でも、何でもいいけどその類は連れ込まない。いい?」

「友達は?」

「可能な限り避ける。少なくともお互いが家にいるときは呼ばない。」 そりゃそうだ。こんな眉間に皺が寄った外人がいたら、皆引いてしまう。眉間の皺が消えて、ちょっと笑みを浮かべるとクラーク氏は

「僕は家にいないことも多いから、あまりぶつかることもないと思うよ。まあ、この現象が消えるまでの辛抱だ。」と言った。

「ぶつかるって・・・ まあ、お互い大人だから暮らしていけるでしょうね。多分。」

「そうだよ。少しは仲良くやっていこう。」 はいはい。あなたのことが好きなファンは大喜びでこの状況を受け入れるでしょうけど、私は憂鬱。でも、しょうがない。仕事をしない週末は、家で本を読んだり ボーッと映画を見たり、溜まった家事を片付けたりしている。今日は天気がいいから洗濯、掃除、寒いから夜はミネストローネでも作ろうかな・・・・と考えながらベッドを整えていた。部屋の外でまたイギリス人の声とノックの音が聞こえる。

「・・・・・・・ねえ・・・・・使ってもいいかい?」

ドアを開けると、普段着なのか色の落ちたデニムにグレーのスエット、素足のクラーク氏が立っていた。

「何?」

「冷蔵庫の中のバター、使ってもいい?」 部屋の前の廊下はねじれ空間なのか・・・・と思いながら

「どうぞ。日本のバターだけど、いい?」と答えた。

「低脂肪?」

「多分。」

「あとさ、サンドイッチ食べる?」

「何の?」

「ハム、チーズ、トマト、あとなんだ・・・ああ適当に葉っぱ。」 歩み寄りのつもりだろうか?無言でいると、

「コーヒーもらったから。」と殊勝なことを言う。

「いただきます。」と無表情に答えて、ドアを閉めようとするのと、ねじれ空間から消えていくクラーク氏を見たのは同時だった。共有空間は昨日確認した場所だけなのか?これからこの空間が広がっていくのかしら?なんで、ここでこんなことが起こっているんだろう?


リビングに下りていくと、クラーク氏が私の白い皿にサンドイッチらしきものを載せて外に出て行こうとしていた。外には洋館らしく、レンガが敷いてあるだけのデッキがある。そこにガーデンテーブルと椅子を置こうと言うのが私の今のアイディアだ。きっと、格好いいだろう。外に出ると、クラーク氏はイギリスに行くことになるんだろうなぁ・・・・と思っていたら、デッキの上でサンドイッチをほお張ろうとしている彼がリビングの窓を通して見えた。「あそこも、ねじれてる・・・・」私が凝視しているのを背中で感じたのか、口をモグモグさせているクラーク氏が振り向いた。そして、私を確認すると目をむいて空を見上げて大きくため息をつくと(そのように見えた)、また私に背中を向けてしまった。きっと、私と同じことを考えたのだ。ここもねじれているんだ・・・・・キッチンテーブルの上に置いてある私の分のサンドイッチ(ブルーの皿に載っている)を手に取ると、私はリビングのソファに腰掛けてPCの電源を入れた。ニュースのチェック、ブログのアクセス状況のチェック・・・・ついでに イギリス人俳優Daniel Clarkについてもサーチしてみた。

「ふーん・・・・渋い活動状況・・・・・イギリスで主に活動ってとこ?離婚歴あり、子供が1人。アンジェリーナ・ジョリーの相手ということで・・・・」

「何を見てるの?」 ビックリした。いつの間にか当の本人が後ろに立っていた。

「ニュ・・・・・ニュースと、自分のブログとか・・・・・」あわてて、クラーク氏のバイオグラフィーのページは縮小したけど、見られていた可能性があるな。

「僕はこんな職業だからいろいろな情報がインターネットとかに出てるよ。写真もたくさん出てるし、ファンという人達が僕の映画のイメージで何か作って発表したりとかもしてる。ちゃんと見たことないけど、妙にセクシーなやつとか、変な顔にしたやつとか・・・・・ 面白い?」 ショービジネスに生きているんだし、公共に顔をさらすのが仕事だからしょうがないけど、ちょっとウンザリという感じなんだろう。

「インターネットを見ないで僕に質問すれば?」なんか声が冷たいよなぁ~でも、そうかもね。陰でコソコソ調べるのよりもいいかも。

「そうね。そうする。サンドイッチありがとう。もう少し、コーヒー飲む?」

「どういたしまして。(コーヒー)もらうよ。」 コーヒーを注ぎ足して改めてソファに座りなおした(お互い昨日よりは少し近い位置に座った)。

「僕の名前はDaniel Clark。1968年3月2日生まれ。今は・・・・37歳か。国籍はイギリス。職業は俳優。今は独身。結婚したことがあって、子供が1人いる。別れた前のワイフが育てている。この職はずっとやってる。イギリスとかアメリカではそこそこ知られていると思うよ。日本でも知られていると思いたいね。君は?」

「私の名前は岡本多諸。1967年9月25日生まれ。今はだから・・・・38歳。国籍は日本。職業はコンピュータエンジニア。この職はずっとやっていて、同じ会社に勤め続けてる。優秀だといわれているし、評価もされている。独身。結婚したことも、同棲したことも ましてや、他人と同居するのも初めて。どう?他に質問は?」暫く目を宙に泳がせてから

「・・・・・・・・・特にないよ。君は?」とイギリス人は答えた。

「・・・・・・・私はOffice workerだから月曜日から金曜日は9時~5時勤務。でも帰ってくるのはずっと遅くて22時とか23時近く。徹夜で仕事があるときは帰宅しないときもあるし、家でも場所はお構いなしで仕事をする。だから私が家で仕事をしているときは邪魔をしないで欲しい。私は静かな環境が好き。たまに口を利くのもイヤなときがある。そんなとこかな。」

「わかった。追加でいい?」

「なに?」

「ここは共有空間だろ?」

「そう。」

「だから、ここには仕事を持ち込まない、っていうのをルールにしないか?」

「共有空間全部?」

「そう。もちろん、僕だって本を声に出して読んだりする。それが仕事だから。でも、それは ここではやらない。どう?」

「・・・・・OK。余っている部屋を仕事部屋にするから、ここに書類とかPCとか仕事の類は持ってこない。」

「よし。で・・・・僕は明後日からまた、家を空けるよ。10日ほど帰ってこない。」そんなこと、言わないでもいいわよ。別に・・・・と思ったけど 「了解。」と言っておいた。改めて喋ってみると、非常に大人だ。わがままなことは言わなかったし、冷静に見える。ヘンな状況だけど、マジメに対処しようという姿勢に好感が持てた。


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