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イギリスにおいで

リビングを出た途端に1人になり、互いの寝室の前でまた2人になる。変な現象だ。もう2ヶ月近いが、やはりまだ慣れない。私たちは互いの部屋のドア前で向き合って立っていた。我が家のイギリスパートと日本パートに分かれるわけだ。

「多緒?」

「ん?」

「イギリスにおいで。」青い目がマジメな顔で言った。

「年末にね。」青い目は首をかしげて、ちょっと片方で笑うと

「違うよ。」と答えた。

「?」

「着替えたら、イギリスにおいで。」へ?目が丸くなっているに違いない。

「あ~ わからない?」

「わかるけど・・・・」

「YES?」

「・・・・・・・」

「ん?」と青い目が答えを促している。何も答えないで、自室に逃げ込んだ。まさに逃げ込んだと言う表現がピッタリだと思う。いい年して何を戸惑う。洒落た一言とかなんか言えないのだろうか?急展開だ。向こうは普通のペースなんだろうけど。ありえない状況で会って2ヶ月経過していない。私としてはさっきの出来事も驚愕なのに。ドアを背にしていろいろな考えが浮かんでは消えた。イギリスに行くのか?行かないのか?とりあえず、化粧を落とそう。時計も外そう。いつもしているアクセサリーも外そう。歯を磨いて・・・・・シャワーは?ああぁぁぁ・・・・ノックの音がした。

「はい。」

「そんなに驚かなくても・・・・」青い目が全部、言い終わる前にドアを開けて、心中に去来するいろいろな言葉や驚きの感情を抑えて、落ち着いた声で答えた。

「驚いた。本当に、掛け値なしで。あまり、私を驚かさないでよ。ありえない状況で偶然会って、2ヶ月経ってないのよ。」

「・・・・・・・・・・・」イギリス人の感情が読めない。

「でも・・・・・」

「?」

「私の部屋、寒いのよね。イギリスの部屋は暖かいの?だったら、行く。」

「・・・・・・・あったかいよ。保証する。」青い目は笑いジワを作って、また片方だけで笑うと自室に入っていった。ドアを閉めて、ドキドキが止まらないか試してみたが、何をやっても(深呼吸とか)ダメだった。岡本多緒、一生一度のきめ台詞だった。まあ、たいした事ないけど。髪の毛を洗っているヒマはない。軽くシャワーを浴びて、化粧を落としてパジャマを着て、上にロングカーディガンを羽織って準備ができた。全くもって色気はない。子供のお泊り会か?というような姿だ。いいのか?これで?イギリス人?イギリスサイドのドアをノックしたら、「開いているよ。」と声がした。ソロソロとドアを開けて中を覗いた。暖炉に火が入っていた。

「わ、暖炉、使えるの?」

「もちろん。必死で火を熾したよ。」青い目は白のTシャツにスエットのパンツ姿で暖炉傍の椅子に座っていた。ドアの傍に突っ立ったままだったので、

「その椅子、座ってもいい?」と聞いた。

「どうぞ。足が暖まるよ。」年代モノなのか知らないが、きれいに艶が出ているネコ脚の椅子に座った。対の椅子にイギリス人が座っている。

「顔、どう?」

「別になんともなっていないよ。君の手形もついていないし。」

「人のこと、叩いたことなんてないんだけど・・・・」

「ボーイフレンドとかは?」

「ない。そんなひどい人とつきあったこと、ないもの。」

「じゃ、僕は光栄にも、その第一号ということか。」と苦笑い。

「だから・・・・」

「吃驚したから?からかわれている と思った?」

「条件反射。それに・・・・」

「なに?」

「私は、そんなに軽い女じゃないわよ。って思ったかも。」

「『全部、まじめで本当だ』 って言ったのに?」ちょっと眉間に皺が寄った。

「・・・・・・・聞いていい?」

「何?」

「あなたと、私、偶然会ったときに互いになんか・・・寂しい状況だった。だから・・・・」

「だから、僕は君のことが好きだと勘違いしているって?」

「そう。かもしれない って思った。きっと、あなたの周りには・・・」

「いろいろな人がいる。そりゃ 女優もいる。でも、前も言ったと思うけど、こんな短期間だけど喋ってみて、君のことが好きになったんだから しょうがないだろ?君が泣くときと同じだ。」

「理由なし?」

「そう。」

「わかった。」

「僕も聞いていいかい?」

「何?」

「俳優は嘘つきだと思う?それに浮ついていると思う?」前も聞かれた質問だ。

「イメージはそうだけど。少なくとも、あなたは違うと思う。」

「僕は自分の仕事にきちんと 取り組んでいる普通の男だよ。」眉間の皺が深くなって、目が更に青くなったような気がした。

「うん。わかっている。」

「本当に?」

「マジメに本当に。」

「了解。じゃ、寝よう。」あっさりとした物言いだ。青い目は立ち上がってさっさとベッドに移動してしまった。

「隣が空いているよ。」と掛け布団をめくった。

「それはどうも。」と言いながら巨大なベッドによじ登った。本当に登るという表現がピッタリのサイズだ。

「大きいね。」

「大きすぎだ。」

「あなたが選んだの?」

「まさか。昔からあるベッドのマットレスだけ換えたんだよ。」と言いながら、私の体に手を回している。抱きしめられた。

「なんとなく、体が熱いな。」

「そう?多分、あなたが熱いからじゃない?」

「そうかな?僕のほうに熱があるのかな・・・・・多緒?」

「ん?」

「不安?」突然質問するのはやめてくれ・・・対応不可だ。

「な?何に?いつも、あらゆることに不安を感じてるけど?」

「例えば?」

「いろいろありすぎて、例が出せない。」

「そうか。」

「なんで、そんなことを聞くの?」

「多緒がそう感じていると思ったから。」

「そうね・・・不安と言えば、この家のねじれているのが何時、元に戻っちゃうのか、不安になったときがある。もう、あなたに会えないかもしれないと思うと不安かも。」

「そうか・・・・・多緒?」

「何?」

「この家のヘンなのがなくなっても、会える。」

「本当?」

「マジメに本当だよ。」

「クラークさん?」

「何?」

「私、あなたのこと、大好きみたい。」

「『みたい』じゃなくて、言い切ってくれないか?でも、ありがとう。」

「どういたしまして。あなた、とっても暖かいし。」

「暖房代わりかい?それにしても、いい加減ミスターつきで呼びかけるのはやめてくれないかな?」

「どう呼べばいいの?」

「ファーストネームはダニエルだよ。」

「了解。ダニエル?」

「何?」

「不安と言えば、私、俳優を好きになっていいのかって 不安です。」

「僕の仕事場に魅力的な女性がいて、更に誘惑の機会がたくさんあるから?」

「まあ、誘惑されてもしょうがないけど・・・・まあ、その時はしょうがないかな・・・・・そんなことではなくて、釣り合いが取れないかと思って。」

「何?それ?」

「あなたは俳優でスターで007。私は普通のオフィスワーカー。釣り合いが取れないでしょ?」青い目は肩肘で体を支えながら起き上がると、私の顔を真上から見下ろして、こんなことを言った。眉間に皺が寄っている。あ、ムッとしている?

「君がどう思うかだ。でも、釣り合いなんて、そんなの大昔の階級制度のある時代みたいなこと言うなよ。僕は貴族じゃないし、たかだか俳優だ。いろんなことを言われるかもしれない。ゴシップの大好きな輩はゴマンといる。でも、何度も言っているけど、気にしていたら死んじゃうよ。だいたい、目の色と髪の色と身長だけで、やいのやいの、言われるんだから。」

「・・・・・・・・・・」私が何も言わないでずっと彼の目を見ていたら、更に

「時には傷つくけどね・・・」と付け加えた。私はなんか泣きたい気分になってきていた。この人は一生懸命自分の仕事をやろうとしているけど、こんな職業だからいろいろな雑音もある。誤解されることも 傷つくことも多々あるだろう。精神的にもタフじゃないとやっていけないな。

「泣いてる?」

「ちょっと泣きたい気分。」

「悲しいから?何か辛い?」

「全然、辛くないし、悲しくもない。あなたも大変だなって思ってね。」

「この時間に泣きながら寝ると顔が腫れるぞ。」とちょっと笑いながら言うと、キスをしながら涙を舐めとっていく。

「くすぐったいから、止めて。」と言うと、

「くすぐったくないよ。」と返してきた。止めない気だろうか?明日は会社なんですけど?彼の唇は私のほうに移ってきている。

「本当に止めないの?」

「止めて欲しい?」

「どう、言えばいいの?」

「正直に。」

「実は明日は会社なんですが?」

「理由としては弱いけど、君は病人だから、止めようか?止めたくないけど。」意外・・・・だという顔を私がしたのだろう。

「何で、そんな顔をしている?」

「とっても、残念!」

「じゃ、続ける。」

「だめ!残念だけど、ダメ!」

「じゃ、これだけ。」 と言って、本当に残念に思わせるようなキスをすると、青い目は私を抱き寄せて深く息をすると

「おやすみ。多緒。いろいろ不安なことはあるかもしれないけど、少なくとも僕とのことは不安材料ゼロだと思っていいんじゃないか?」と言ったきり黙ってしまった。本当?さしずめ彼が今の私の顔を見たら、眉間に皺ができちゃうに違いない。でも、まあ・・・・そうなんだろう。

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