すごい いいパンチだな
家に入ると、リビングにも台所にも明かりが点いていなかった。イギリス人はいないらしい。冷蔵庫から水を出して、2階の自分の部屋に行きかけた。書斎から明かりが漏れていた。「在宅だったのか。」 また独り言。ドアの隙間から中をうかがった。いた。机の上の灯りだけつけて、難しい顔でPCを見つめている。
「覗いていないで、中に入ったら?」とイギリス人がPCを見つめたまま言った。声が硬い。眉間に皺。部屋に入って自分の机の椅子に腰掛けて読書灯をつけた。広い書斎にボーッと2つの灯り。私は灯りの外にいる。そして無言。先に口を開いたのはイギリス人。
「からかってなんて いないよ。イギリスの話も何もかも。」
「・・・・・・何もかもって、何?」
「全部。」
「私には、からかっているように見えたけど。」
「確かに 鬘の話は冗談だ。でも、イギリスの話は冗談で言ったのではないし・・・・」
「・・・・・・・・」頭痛がまた、ひどくなってきた。口をきく気にもならない。私が何も言わないので、青い目は席を立ってこちらに近寄ってきた。お互い、眉間に皺。最初に会ったとき以来の険悪な雰囲気が立ち込めている。イギリス人は机に手をつくと、ぐっと身を乗り出して強い口調で
「からかってなんかいない。全部まじめだ。イギリスも何もかも、鬘以外は!」と再度同じ事を言った。当たり前だが、彼は体格がいいので威圧感では負けてしまいそうだ。私もイギリス人の目をまともに見据えて答えた。
「よく、わかったわ。」今度は逆にイギリス人が私に聞いてきた。
「何がわかったんだい!?」
「全部。何もかも。」
「だから、何が!?」
「全部!!!」と言いながらこれで会話は終わり!と言うように立ち上がって、読書灯を消すと部屋から出て行こうとした。腕を強く つかまれた。
「待って。」青い目が先とはうって変わった穏やかな声で言っている。何が待ってだ。こんなに強く腕をつかんでおいて・・・・と思ったら、引き寄せられて、青い目の腕の中にいた。
「からかって なんて いない。だから、全部 まじめで本当だ。」と言っていたが、私は思わずイギリス人から力いっぱい身を引いて、奴の頬を叩いてしまった。やっちまった・・・・・
「あ・・・・ご、ごめんなさい・・・・ ・・・つい、ごめんなさい。あ~どうしよう。俳優さんの顔に・・・・ごめんなさい。」
「痛・・・・多緒・・・」
「ごめんなさい。」青い目は頬を押さえて顔をしかめている。
「本当にごめんなさい。どうしよう・・・・」
「大丈夫だよ。でも、痛・・・・ すごい いいパンチだな。」青い目は片手を頬に当てたまま オロオロしている私をまた自分のほうに引き寄せた。イギリス人の片腕の中に逆戻りだ。
「ちょっと手、どけて。腫れているでしょ?」と彼の頬の状態を見ようとした。イギリス人はその差し伸べた手を握ると、
「こんなに腫れた。」と言って自分の頬に当てた。
「ごめんなさい。ビックリして・・・・」
「多緒はどうして、そんなに強がるんだ?」
「へ?」話が見えない。
「肩に力が入っているように見える。」
「そんなこと、ない。」だんだん、自分が置かれている状況がわかってきて、ドギマギし始めた。これも からかいの一部だろうか?
「ああ、でも この家にいるときは違うのか。」
「・・・・・・・」
「そうだ。」
「・・・・・・・」
「前も言ったかもしれないけど、僕は君と喋るの、好きだよ。こんなケンカみたいなのでも。」
「それは、どうも。」
「どういたしまして。」 もうそろそろ、離してくれないだろうか?
「思うんだけど。」
「何?」
「僕の周囲にはたくさんの人がいて、四六時中喋る機会があるけど、必ずしも楽しい事ばかりじゃない。100%楽しいのは特に『君』と喋っているときかもしれない。きっと、僕は君のことが好きなんだな。」
「それは、どうも・・・・」
「どういたしまして。ところで、君は僕のことを好きでは ないんだろうか?」え?何を聞いているの?青い目がちょっと笑った感じでこちらを覗きこんでいる。私に何を言わせようとしているんだ?
「・・・・・・・・・」
「からかって なんて いない。だから、全部 まじめで本当だ。」 さっきと同じことを言っている。
「全部?」
「疑りぶかいなあ・・・・」とちょっと 呆れたように天井を仰ぎ見ると、またこちらに視線が戻ってきた。私の手と重なっていた彼の片手が私の頬をなぞっている。
「了解。」
「それだけ?言うことは?」
「・・・・・・・私は・・・・」
「私は?」
「・・・・」
「好き?」
「・・・・・・」
「ん?」そんな促されても・・・・・
「好きなようです。」
「『ようです。』じゃなくて・・・・」 だから、百戦錬磨の相手に素人が対抗するのは無理なんだって・・・・青い目が近づいてくるし・・。
「好き・・・そう、好きです。いい?これで?」と言い終わらないうちに口が塞がれていた。暫くして、ちょっと唇が離れて 青い目は叩かれたほうの頬と私の頬を摺り寄せると
「了解」 と囁いた。頭痛は消えたけれども、熱が出そうだ。俳優は皆、キスがうまいのだろうか?練習するのかしら? などとつまらないことをボンヤリと考えていた。疲れていたせいもあるが、体に力が入らない。
「顔、冷やさないと腫れちゃう・・・」
「うん・・・でも、今はいい。」と言いながらキスを止めない青い目。力が入らないから、なすがままだ。どうしよう・・・このままだと この先に進んでしまいそうだ。
「あの、私、風邪が治っていないんだけど?伝染しちゃう。」
「うん・・・・大丈夫。」
「ダメだって。007は風邪も退治するの?」 笑って、キスを止めると 私の頬を親指でなぞりながら
「面白いことを言うね。多緒は・・・」と言って やっと開放してくれた。
「顔、氷あてよう。ね?熱を持っている。」と彼の叩かれた頬に手を当てて言った。
「そう?」
「うん。」
「いいパンチだったよ。さすがだな。」
「ごめんなさい。」
「君もなんか熱っぽいぞ。」と額に手をあててイギリス人が言った。そりゃ、そうよ。あんなこと、されたら誰でも熱が出る。
「なんか、熱いな。」急にイギリス人はマジメな顔になると
「何時だ?0時半か。多緒、クスリは?」
「飲んでない。」
「ダメだよ。」
「ダメだよって・・・」2人で台所に行って、私はクスリ。彼は頬にぬれタオル+氷の処置をした。
「明日も腫れていたらどうしよう?」
「大丈夫だよ。誰かに聞かれたら『痴話げんかです。』って言うから。」
「・・・・ひどい。痴話げんかって、違うんじゃない?」
「そうかな?」
「意味が違うと思う。」
「じゃ何?」あ・・・また青い目が迫ってきた・・・・・
「ね・・・寝ることにする。ごめんなさい。叩いちゃって!」
「大丈夫だって。」と言いながら、2人してリビングを出た。