Are you Kidding?
翌朝8時半、更に元気になっていた。抗生物質って効くなあ・・・・午後から会社に行こうかな・・・・・などと考えていたら、無表情プラス眉間皺のイギリス人の映像が浮かんで、その考えはすぐに否定した。本当に怒らせてしまいそうだ。キャンセルするミーティング、その他諸々のスケを考えて憂鬱になりながら会社に電話をした。「ええい、休みだ!勝手にしろ!」と呟いて、顔を洗いに洗面所に行った。元気になったつもりだったが、やはりひどい顔・・・・部屋にはまだ、昨日イギリス人が座っていた椅子と読んでいた本が残っていた。スエットに着替えて1階に行った。イギリス人はいない。コーヒーもできていない。まだ寝ているらしい。当然のことながら疲れているんだな。11時になってもイギリス人は現れなかった。また、どこかに行ってしまったのだろうか?風邪が伝染ったりしていないだろうか?コーヒーを飲みながら、段々心配になってきた。ベッドの中で唸っていないだろうか?撮影開始前にいきなり体調不良はまずいだろう。大丈夫か?007。2階に行って、007の部屋の前で耳をすませて中の音が聞こえるか試してみた。ダメだ何も聞こえない。ノックをしてみたが、応えはない。「あ、そうだ。」私の部屋に残していった本を返すっていう口実でイギリス人の部屋を覗いてみよう・・・かなり無茶苦茶な理由かもしれないが、そのときは道理が通っていると思った。本をもって、ドアを強めにノックした。
「Mr. Clark?」反応ナシ。
「クラークさん?」反応ナシ。ドアを開けて、少し隙間を開けて静かに閉じた。
「Mr. Clark?」 部屋はカーテンが閉まっていて薄暗い。
「クラークさん?」 寝ているらしい。ベッドの掛け布団が膨らんでいる。
「大丈夫?本、置いておくよ。大事なものでしょ?」と言ってドアの方に後じさりした。
「じゃね。」 なんて、しまらない挨拶だと思いながら、ドアノブに手をかけた瞬間、ベッドのほうから声がした。
「多緒?」 ひえ~起きた!
「ご、ごめんなさい。本、私の部屋に置いていったから・・大事だと思って。だから・・・」
「眠い・・ 今何時?」
「じゅ・・・十一時・・・だけど。」
「そんな時間か・・・寝過ごした。」と言いながらベッドに起き上がった。驚天動地・・・ 007の寝起き姿。それも上半身裸・・・ありえない。
「部屋に勝手に入って、ごめん。」と言いながら、慌てて外に出た。誰でも驚くだろう?当然、私だけじゃないはずだ。
「あ~ビックリした。」と言いながら書斎に逃げ込み、会社PCとプライベートPCの両方を立ち上げた。出勤しないけど、メールだけはチェックしておかないと・・・・メールは溜まっていた。すぐに返信しなければならないものそうでないものを仕訳して、プライオリティ付けをしながら簡単に返信ができるものから処理をしていく。ちょっと文面に詰まったり、対応方法を考えたりしていると、青い目の先ほどの姿が浮かんでくらう。ダメだ、驚きながらも しっかり見てるし・・・・
「あぁあああああ!また熱出そう!」と独り言を言った途端に
「病気で休みだろ?仕事しているのかい?」と声が近くでした。書斎のドアが開いていて、スエット姿のイギリス人が立っていた。
「うん。ちょっと。今日はメール見るくらいなら大丈夫かと思って。」
「無理しないほうがいい。」
「うん。コーヒー入ってるよ。」
「わかった。ありがとう。あ、本も。」
「うん。」ここまでの会話は視線を合わせないでやっている。私はPCの画面をさも重要そうに見たままだ。だって・・目、合わせられないでしょう?目のやり場に困る。今だって上半身裸の青い目の映像が浮かんでいるのだ。その後、顔をあわせられないから書斎に4時間も篭っていた。その間、2度ほどイギリス人が書斎に入って出て行ったが、お互い無言だ。2人でいて無言でいるというのは今まであまりにない。何か喋っているか食べているか、飲んでいるかなのに。15時頃にイギリス人が書斎に入ってきて、私の机の前に立った。気がついたがまたもや読んでいる書類に気を奪われているふりをして顔も上げなかった。
「多緒?」
「はい?(顔はあげない)」
「腹減らないのかい?」
「うん。大丈夫。」
「何か食べたほうがいいぞ。コーヒーだけだろ?口にしたのは?」
「そうだけど?(顔をあげない)」
「ほら、サンドイッチ食べろよ。」
「ありがとう。そこ、置いておいてくれる?あとで食べる。ありがとう。(顔をあげない。ああ、超失礼な態度)」
「多緒?」と言いながらイギリス人が私の額に手を当てて、こちらをまともに覗き込んだ。視線が合うなんてものじゃない。
「うん?え!?何?」
「熱ないのか?なんか熱いぞ。」 そりゃ熱いわよ。007俳優の上半身裸を見ちゃったんだから。その張本人が目の前にいたら、それに手を私の額に当てたら、熱も出るでしょうよ。
「だ、大丈夫。私、仕事に真剣になると体温上がるから。」訳わかんないことを言っている。青い目+眉間皺はまだ手を額に当てたまま、疑わしいと言う顔をしてこちらを更に強い視線で覗き込んでいる。
「程ほどにしたら?薬も飲んでないだろ?」
「あの、手、どけてくれる?」
「あ、ああ。」と言って手をやっとどかしてくれた。
「ごめんなさい。サンドイッチ、作ってくれたのに。休憩します。」と言って、サンドイッチに手を伸ばした。一口齧ったら、空腹なのに気がついた。冷たくなったコーヒーと共に全部食べてしまった。その間、イギリス人は自分の机(何時運び込んだのか不明)に座ってPC(何時運び込んだのか不明)を見ている。今はインターネット時代だから、仕事のオファーやらスケのやり取りは全部メールとかなんだろうなぁ~と考えた。PCの操作が終わると、さっき私が持っていった本を読み始めた。無言・・互いに無言。この状態で3時間経過した。気にならなくなってきた。おかしなことに集中して仕事ができた。あまりにも頻繁にメールのやり取りをしていたので同僚から『本当に風邪で調子が悪いのか?出社拒否だけど、仕事だけしているんじゃないか?』というからかいのメールが来たくらいだ。「今日のほうが捗ったな。家で仕事ができたらいいのに・・・・」と同じ部屋に人がいるのを忘れて独り言を言った。言った後にイギリス人がいることに気がついた。青い目はこちらをチラッと見てPCに何かインプットしている。あぁ・・・1人きりだと思っていた。失敗・・・・
プライベートのPCのマウスが書類を動かしたときに動いたのだろう、スクリーンセーバーになっていたPCの画面が生き返った。受信ボックスの一番上にイギリス人のメールが入っていた。受信日時は今日の18時過ぎ。さっきPCを操作していたのはこのメールか?
件名: Enough & Finish
本文: I think you work hard though you are ill. Don’t you think it’s enough? DC
返信した。
件名: Feel good
本文: Thank you for your kindness and help. I enjoyed sandwiches you made. It’s really good. I feel good. Yes, I really feel good. Today’s work finished. Tao
イギリス人がPCを操作している。数分してメールが入った。
件名: Dinner
本文: Hungry. Don’t you have a light meal with me tonight? If you have another appointment, please go ahead. I’m OK. DC
何?他の用件なんて入ってないわよ。仕事って意味?そっちこそ、何かお約束はないの?
件名: Re: Dinner
本文: I have no appointment. Don’t you have an appointment with your girl friends? Tao
意地悪だね。女友達なんて。チラッとイギリス人のほうを見て送信ボタンを押し、書類に目を戻した。メールを受信したのだろう。イギリス人がPCのキーボードをすごい勢いでタイプしている。ちょっとして、メールが受信された。
件名: Are you kidding me?
本文: NO Appointment with my girl friends tonight. DC
ふーん。と思っていたら、青い目眉間皺が私の机の前に立っていた。
「風邪は治ったみたいだね。」 あ~怒ってる・・・・・
「おかげさまで、あなたのサンドイッチを食べて、元気が出ました。ありがとう。」
「どういたしまして・・・・熱は?」といって、青い目はまた私の額に手をあてようとした。私は少し身を引いて、その手が届かないようにして
「大丈夫。下がったみたい。ほんと。」と言い張ってみた。
「顔が上気してるよ?」
「大丈夫だって。」だから、眉間に皺を寄せてマジメな顔で見つめないでくれ!大丈夫だから。
「まあ、仕事が一日できたんだから、大丈夫なんだろうね。それに、嫌味なメールも書けたみたいだから。」と苦笑いともとれる顔をして見せた。
「嫌味なんて、そんなこと・・・・」
「君こそ、彼からお見舞いのメールとか貰わなかったのか?連絡したか?」
「しないわよ。関係ないもの。」
「あるだろ?心配させてやれ。」
「だって、彼には何もできないもの。」
「そうか?」
「そうよ。関係ないから。」また、そんな難しい顔して・・・・・心配してくれたのは、あなただけよ。
「そいつのことは僕にも関係ないけどね。」当たり前じゃない。急に口調が変わってニッコリ笑うと
「お腹すいただろ?」とイギリス人が言った。
「ええ。何か食べないとね。家に何があったかな・・・」
「何もなかった。」
「カレー食べられる?日本のカレーだけど。」
「イギリスにはインド人がたくさんいるよ。カレーは食べたことあるよ。」
「日本のカレーは日本食。じゃ、レトルトカレーでも食べようか。試してみる?」
「いいよ。それで。」ご飯を超特急モードで炊き、レトルトカレーを暖め、残っている野菜でサラダも作って夕飯になった。イギリス人はまず、カレーの香りに反応。炊き立てのご飯にカレーという日本人の大好きな一品に大感激。
「うまいな。」
「まずまずでしょ?」
「作れる?自分で?」
「作れるよ。簡単。」
「作ってよ。」
「いいけど、今週末ね。」と、また、会話が成り立つようになってきた。
「あ・・・・・・そうか。」
「どうしたの?」
「今週末はダメだ。」
「仕事?」
「そう。残念だけど、人に呼ばれてる。」ああ、デートね?って、私の考えはそこにしか行かないのかしら。おばさんっぽい。
「まあ、作っておくよ。そうすれば、時間のあるときに食べられるでしょ?」
「・・・・そうだな。」
「魚は食べられるの?」
「大丈夫。でも、生魚は食べたことがない。トライする機会がなかった。」
「てんぷらは?」
「ないんじゃないかな。」
「まあ、日本食もぼちぼち食べてみたら?」
「そうだな。」だんだん口数が少なくなってきたぞ。何か考えている。
「あのさ。」空の皿を前にしてイギリス人が問いかけてきた。お替わりか?
「?(なに?)」
「もうすぐ、クリスマスだけど、日本は休み?」
「日本ではクリスマスは通常営業。年末に休み。」
「年末っていつ?」
「うちの会社は12月28日から1月4日までお休み。」
「やたら、短いな。」
「まあ、ねえ~働くの好きだから。」
「イギリスに来ないか?」
「へ?」なんで、イギリスに行かねばならないんだろう?
「案内してくれるの?」
「するよ。」
「でも、会っても意思の疎通ができないんじゃない?」
「大丈夫だろ。」
「まあ、この家と同じようにあなたの家もねじれている空間があるから。そこなら話せるね。」
「そう。どう?」と青い目が少し照れたように笑って聞いてきた。
「仕事は?ないの?」
「ないことはない。でも本格的な撮影は1月末から始まる。どう?」うれしいような、困ったような。
「行けないことは・・・・ない。けど・・・・」
「けど?」
「なんか変な感じだね。」
「日本の友達をイギリスに呼んで何か問題あるか?」あるだろう?君にはパパラッチとかついていないのか?今、話題のパッシングされている俳優なのに。
「日本人女子と歩いていて、問題とかないの?」
「ないよ。友達だし。」友達だけどさ・・・・・
「まあ、私は一般人だから問題はないと思うけど・・・・」
「変装すれば?」ニヤニヤと笑ってイギリス人が言ってきた。
「どんな?」
「金髪の鬘をかぶるとか。」
「からかってるでしょ?」
「いや・・・おもしろいなと思って。」
「何が?」
「いや。」
「だから、何が?おもしろいの?」
「金髪、似合うんじゃない?」
「バカにしてる!」と私は言いながら立ち上がって、皿を片付け始めた。青い目も立ち上がって自分の皿を持って流しに近づいてくる。
「まあ、鬘はいらないよ。大丈夫。誰も気がつかないよ。」私は青い目のほうを振り返って
「でも、もうそろそろ撮影も始まるし、あなたは話題の俳優だから・・・・」
「いいんだよ。そんなのやらせておけば。気にしていたら、その心配だけで死んでしまうよ。いいじゃないか、友達だろ?」そうなのよ。友達よ。
「・・・・うん。」
「じゃ決まり。確実に休める日を後で教えてくれ。」
「わかった。」と、話が決まってしまった。そして、狭い台所でカレーのルーがついている皿を持ったイギリス人イケ面俳優と私は近距離で向かい合って立っている。その間は皿2枚分。色気も何もない。どうしてフルートグラスを持っているとか、そんなシチュエーションではないのだろう?焼き芋とか・・・・そんなのばかりだ。
「クスリ飲んで、寝ることにします。」
「そうだな。おやすみ。」台所から出て行きかけた私に青い目が呼びかけた。
「そうだ。多緒。」
「はい?」
「明日の朝、もし部屋に入ってくるんだったら、ちゃんとノックしてくれよ。どんな格好でいるかわからないよ。」何を言っているんだ!ったく、このイギリス人俳優は!
「ノックもしたし、大きな声で呼びかけもしました!いつも早く起きるのに、起きてこないから心配になっただけです!もう、明日はあなたの部屋には入りません!」
「心配したんだ?」私は、ぐっと詰まってしまった。
「ちょっとね。風邪がうつったかと思ったので。」
「そう?ちょっと心配ね。」俳優はニヤニヤというかニコニコというか笑っている。
「そうよ!ちょっと心配しただけです。おやすみ!」
「ありがとう、心配してくれて。」という声を背中で聞いた。あ~なんで、あれが007なんだ!人のことをカラカッテいる。
「熱が出そう。」とまた独り言を言って、スエットを脱ぎかけたところでノックの音がした。
「はい?」
「多緒?」
「なに?」ドアを開ける気はない。
「なんですか?」
「熱が出たのか?」
「違うわよ!」
「え?何?」ドアを少し開けてしまった。
「熱が出そうだ・・と言っただけよ。」
「なんだ、熱が出たのかと思った。」また、ニコッと笑っている。大概の女の人はその顔にやられるんでしょうけど、私は違うわよ!イギリス人!青い目はドア枠に片方の肩を持たせかけて、こちらに顔を近づけると
「ちゃんと休めよ。熱が出るぞ。」と言うと又、私の額に手をあてて ちょっと驚いた顔(作ってる!)をして
「熱いぞ!」と言った。
「クラークさん!あのね!」
「ごめん。明日は仕事だな。」
「・・・・そう。おやすみ。」何度、お休みって言っているんだか・・・・
「おやすみ。」と言うと、青い目は私の額から手をどけるとそこに軽くキスをして自分の部屋に入っていった。衝撃。それ以外のナニモノでもない。しかしながら、40歳に手が届きそうな女がそんなことで驚いていてはいけない。本当に驚いたが、からかいの続きとしてみることにした。海千山千の007俳優に負けられない。