あなた誰?
家に帰ったら、リビングのソファに外人が座って、何か本を読んでいた。と言ったら、驚くだろうか?座っていたのだ。そして、何か真剣に読んでいたのだ。不法侵入・・・すぐに外に出て助けを呼ばないと・・・・と思った矢先に当の本人と目があった。年のころは35歳から40歳の間くらいだろうか?目が青くて金髪だった。
「君、誰?」と先方は日本語で聞いてきた。誰?って・・・・
「ここは私の家。あなた、誰?」と質問を質問で返した。
「ここは僕の家だよ。君、誰?どうやって入ったの?」とまた質問で返された。
「だから、ここは私の家で、あなたこそ誰?」
「僕はDaniel Clarkだけど?」知ってるでしょ?という口調で名乗った。
「私は・・・・」
「どうやって入ったの?ここは僕のプライベートだよ。」
「だから、ここは私の家。」とバカの一つ覚えのように言った。そう答えながらも、Daniel Clark ってイギリス人の俳優で・・アンジェリーナ・ジョリーと共演してたよなぁとちょっと思い出した。
「あなた、俳優の?」どうして、イギリス人俳優が私の家にいるんだ?
「そうだよ。役者だよ。ところで、君、誰?人を呼ぶよ。」
「人を呼ぶのは私のほう。なんで、私の家にいるの?」
「何を言っているんだよ。ここは僕の家。最近買ったんだよ。」
「私も最近、この家に引っ越してきたのよ。」
「変なことを言うなあぁ。」
「違う。変なのはそちらでしょ?」会話は平行線をひたすら辿っている。眉をひそめて、クラーク氏 は何か引っかかっているという顔をしている、私もなんかヘンだと思った。
「ねえ。クラーク さん、あなた日本語喋れるの?」
「いや。喋れない。」
「でも私と会話してるじゃない?」
「君は英語、喋ってるんだろ?」
「私の英語は会話には使えない英語。こんな会話できない。」
「でも、英語を喋っているよ。」
「あなたこそ、日本語喋ってるじゃない。」
「おかしい・・・・」と同時に2人で呟いた。「立っていないで座ったら?」と自分の家に人を招いたように気楽にソファを指差した。正直に従う私・・・・コートを脱いでカバンを傍に置くと私はクラーク氏から一番遠い位置に腰掛けた。
「いつ、引っ越してきたの?」と質問をしてみた。
「今日。」
「私は1ヶ月前。」
「撮影で外に出てたから、やっと今日、我が家に入ったんだよ。」
「だから、会わなかったのか・・・・」
「不動産屋が2人の人間にこの家を紹介したのか・・・ヤラレタ。」
「でも、ここは日本。」
「イギリスだって。」
「違う。日本。」
「おかしい・・・・」また2人で同時に呟いた。
「何かおかしくないか?」
「おかしい。」
「どんな家?その・・・君の日本の家。」
「古い洋館。親戚が持っていたんだけど、住む予定もないし、壊すのにもお金がかかるから私が管理する傍らで住むことにしたんです。」
「僕のは普通の家だけど・・・・城でもお屋敷でもないし・・・・君、本当に英語を喋っていないの?」
「そちらこそ、日本語じゃないの?」
「違うよ。」話している彼の口を見ていると、確かに発している日本語と同じように動いているように見えない。英語喋っているみたい。
「Fiveって言ってみてもらえます?」耳には「ご」って聞こえたけど、口の形は『FIVE』と見えた。
「聞こえている音が・・・日本語なんだ・・・」
「口の形を見たの?」
「そう。」
「なんなんだ。これは・・・」クラーク氏は当惑顔で呟いた。
「本当に君は日本に住んでいるの?」
「そう。イギリスに入ったことないし・・・・今も仕事から帰ってきたばかり。」
「僕はここに帰ってくる前に近くの確かにイギリス人が経営するグロサリーストアで買い物をしてきた。」2人で顔を見合わせて、黙り込んでしまった。
「何なんだ?」それは私が聞きたい。
「さあ・・・・ちょっと家の中を見回ってみますか?それとも外に出てみる?日本ですよ。外。」
「よし、そうしよう。」2人して連れ立って玄関に出ようとリビングから一歩出たところで・・・クラーク氏がいなくなった。確かに傍にいたはずなのに。あれ?と夢?と思って、リビングに戻ってみたら・・・クラーク氏も当惑顔で立っていた。
「君、今 消えたでしょ?」
「いましたよ。クラークさんこそ消えたでしょ?」
「何なんだ・・・・これは・・・君が見えるのはリビングだけ?君は実在なのか?」
「私は実在の人間です。日本に住んでいるの。そっちこそ、本当の人?幽霊?」
「よし、じゃ台所に行ってみよう。」 台所はリビングに隣接している。ドアを通って台所に入った。続いてクラーク氏も入ってきた。
「台所では、君が見えるようだね。」
「ほんと。私もクラークさんのこと見える。」
「他に部屋はあるの?その・・・君の家には?」
「私の寝室と隣接しているウォークインクローゼットと、客用の使っていない部屋が3つ、あと書斎みたいなのと浴室とトイレ。」
「よし、寝室に行ってみよう。」リビングから出た途端にクラーク氏はまた消えていた。2階の自分の部屋のドアを開けると・・・いた。当惑顔のクラーク氏が。そのほかの部屋も試してみたのだが、確実にクラーク氏と会うのは、リビング、台所、寝室と決めている場所と客用の寝室の一部屋だけということがわかった。
「取り合えず・・・・リビングに戻ろう。」リビングに戻っても、別に問題解決したわけではない。ヘンな状況は続いている。おかしい・・・この家おかしいよ。
「今、何時?」
「22時。日本時間ね。」
「こっちも22時だよ。イギリス時間の」なんだ、時間もおかしい?
「飲まないといられない・・・・・」と呟くと、クラーク氏も賛成と呟いて、2人で台所に入った。冷蔵庫を開けて、双方が取ったビールは・・・・冷蔵庫はねじれていないらしい日本製とイギリス製のビールが並んでおいてあった。
「おかしいと思ったんだ。なんか見たことがないビールが冷蔵庫に入っているから・・・・」とクラーク氏が呟いた。ソファに座って暫く黙ってビールを飲んでいた。ちょっと、家の話題から離れたかったのかクラーク氏が私の名前を聞いていた。
「岡本多諸です。日本人。仕事はコンピュータ関係。」
「僕は・・・」
「Daniel Clarkさんでしょ?ちょっとだけ知ってる。」
「ちょっとだけね。」
「そう。」
「腹が減った。何か食べる?」とごくごく普通のことを聞いてきた。
「冷凍庫にピザがあります。」と言って、現状の大問題は置いておいて、実作業に集中することにした。
「皿は?」
「食器棚。」
「ああ、このブルーのね。」
「違うよ。白。私は白い皿しか持ってない。」
「でもこれ、僕が買ったブルーの・・・・」確かにブルーの皿を持っていた。
「あ~もう、何もかもゴチャゴチャ!共用しているものもあれば、違うものもあるしぃ~!何これ!」と私はかんしゃくを起こした。
「ビール、飲みなよ。」と言って、なだめる口調でクラーク氏は自分が買ってきたギネスを差し出した。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」ビールを飲んで、大判のピザを無言で食べた。先に声を発したのは クラーク氏だった。
「どうする?これから?」
「わ・・・私は他の家を探す気ないです。ここに住むつもり。だって、私、この家のこと気に入ってるし。」
「ヘンな家だけど?」
「そう。ゆくゆくは、この家を買おうと思ってる。」
「僕も動く気ないよ。買ったばかりだし。ここは便利だし。もちろん、日本で便利かどうか知らないけど、少なくとも僕の地元では便利な場所だし。」双方、動く気はないということを表明しあった。
「・・・・・とすると?」
「・・・・・とすると・・・」
「同居みたいになるぞ。」と眉間に皺を寄せて、このイギリス人俳優は思い切り憂鬱そうに呟いた。
「共有部分はモノがゴチャゴチャのまま?この冷蔵庫みたいに?食器棚みたいに?」と私も呆然と呟いた。
「君が住み続けるなら、しょうがない。」 違うだろ~それは・・・イギリス人!あんたが住み続ける限りだ!
「・・・・・とにかく、私は動きませんから!ビール、ご馳走様!」と言い捨てて、寝室に引き上げた。ノックの音がする。外でイギリス人が何か言っていた。
「ちょっと入れてくれないか?僕の寝室でもあるんだぞ。」
「ここは私のベッドしかないんです!だから、あなたの寝室じゃないでしょ?」
「寝室の予定なんだ。」
「違う部屋で寝たら?私と会わない部屋はまだあるんでしょ?おやすみ!」と怒鳴り返すと私は布団をかぶって寝たフリをした。