表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

神様のぬいぐるみ

作者: 井ぴエetc

 今日はボクの誕生日(たんじょうび)。お父さん、お母さん、と一緒(いっしょ)おいしいごはんを食べた帰り道。なんでも好きなものを買ってあげる、と言われて商店街(しょうてんがい)の中を歩き回りましたが、結局(けっきょく)()しいものはありませんでした。

 ボクはそんな(ふう)におもちゃを見て回るだけで、とっても楽しかったけれど、お父さん、お母さん、はちょっぴり残念(ざんねん)そうでした。

 そんな時、商店街(しょうてんがい)の細い裏道(うらみち)にキラキラとした光が(またた)きました。ボクは遊園地(ゆうえんち)のパレードみたいなその光が気になって、両手を(にぎ)る二人の手を()りほどくと、真っすぐそこへと走って行きました。


 それは、ぬいぐるみ屋さんでした。

 クマ、サル、ヒツジ、イヌやネコ。いろんなぬいぐるみが、ふわふわ、もこもこ、(たな)行儀(ぎょうぎ)よく(すわ)っています。ずらりと並ぶぬいぐるみの、一番(おく)まで(なが)めると、そこには穴が()いていました。いえ、よく見ると穴じゃありません。真っ(くら)なぬいぐるみです。夜を丸めて団子(だんご)にしたみたいなぬいぐるみが、そこには()いてありました。

「これは、なんのぬいぐるみ?」

 お店の(すみ)安楽椅子(あんらくいす)(すわ)って、ゆらゆら()れていたぬいぐるみ屋さんにボクは聞きました。ぬいぐるみ屋さんは綿(わた)のような真っ白な(ひげ)()でながら、ボクの(となり)までやってくると、

神様(かみさま)のぬいぐるみ、だよ」

 と、言いました。

「かみさま、ってなに?」

 ボクは聞きます。

「一番大切(たいせつ)なもののことさ」

大切(たいせつ)なもの、って?」

「人を(しあわ)せにするものだよ」

 ぬいぐるみ屋さんは(しわ)くちゃの指でボクの(むね)の辺りを指差しました。ボクはその指の先を見つめましたが、それが何を意味(いみ)するのかはよく分かりませんでした。

 お父さん、お母さん、が(あわ)てた様子でぬいぐるみ屋さんに入ってきて、ボクを見ると、ほっ、と息を()き出しました。

「急に走ったら(あぶ)ないでしょう。怪我(けが)してない?」

 お母さんに言われて、ボクは「だいじょうぶ」と返事(へんじ)をします。二人はお店の中を見回して、たくさんのぬいぐるみに感心したように目をぱちくりさせました。

「お父さん、このぬいぐるみが()しい」

 ボクはぬいぐるみ屋さんの話を聞いて、(しあわ)せが()しいと思いました。だから神様(かみさま)のぬいぐるみを誕生日(たんじょうび)プレゼントに買ってもらおうと考えたのです。

 お父さんがやって来て、神様(かみさま)のぬいぐるみを手に取ります。そうしてボクとぬいぐるみを見比べて、

「そっくりじゃないか。こんな偶然(ぐうぜん)あるんだなあ」

 と、(おどろ)きました。お母さんもやって来て「ほんとにそっくり」と()(かえ)します。ボクはお店のガラスに(うつ)る自分と、ぬいぐるみとを見比べましたが、全然(ぜんぜん)似ているとは思いませんでした。

 お父さん、お母さん、は(うれ)しそうに神様(かみさま)のぬいぐるみを()きしめると、それをボクにプレゼントしてくれました。


 ボクは神様(かみさま)のぬいぐるみをすごく大事(だいじ)にしました。けれど、お友達が家に遊びにやって来て、神様(かみさま)のぬいぐるみを見かけると、突然(とつぜん)()()ばしてしまったのです。

 ボクはびっくりしてしまって「なにするんだよ!」と思わず(さけ)びました。

「サッカーボール見たら()りたくなっちゃったんだよ」

 お友達はサッカー部です。けれど、いくら真ん丸でも、神様(かみさま)のぬいぐるみは落っこちてしまいそうに真っ(くら)で、とてもサッカーボールには見えません。

 ボクが(おこ)ると、お友達は「()ってごめんよ」と(あやま)って、神様(かみさま)のぬいぐるみを(ひろ)い上げると、お医者さんのように怪我(けが)してないか確かめて、よしよしと()でてくれました。ボクはお友達を(ゆる)して、仲直りしました。

 それから二人で夕暮(ゆうぐ)れまで遊ぶと、お友達は帰って行きました。

風邪(かぜ)ひくなよ」と、お友達が言うと、ボクは「そっちこそ」と、返します。

 夕日が()らす中、手を()って帰っていくお友達を、その細長い影が見えなくなるまで見送りました。


 夏休みがやってくると、お(じい)ちゃんの家に行くことになりました。親戚(しんせき)みんなが集まるのです。ボクはお(じい)ちゃんが大好きなので、すごく楽しみです。大事(だいじ)神様(かみさま)のぬいぐるみをカバンにつめて、遠い田舎(いなか)のお家まで、お父さん、お母さん、と一緒(いっしょ)に行きました。

「よお坊主(ぼうず)。元気にしてたか。でっかくなったなあ」

 親戚(しんせき)のおじさんがボクを見ると(うれ)しそうに目を細めました。おじさんはとっても大きくて、ちょっとだけお酒の(にお)いがして、ほんのちょっぴり(こわ)いです。けれど、ボクといっぱい遊んでくれる、とっても優しい人でした。

 ボクはおじさんに神様(かみさま)のぬいぐるみを見せてあげました。

「なんだいこりゃあ。金塊(きんかい)じゃねえか」

 おじさんはびっくり仰天(ぎょうてん)して、(おそ)(おそ)る手に取りましたが、()れた瞬間(しゅんかん)「なんだこれ、綿(わた)が入ってる。本物じゃないのか」とがっかりしたように(かた)を落としました。

坊主(ぼうず)はこれが大切(たいせつ)なのかい?」

 ボクは言われて首を(かし)げてしまいましたが、曖昧(あいまい)(うなず)きました。

(おれ)みたいにはなるなよ。自分を大事(だいじ)にしなきゃあいけないよ」

 おじさんはしみじみと言います。そして、他の親戚(しんせき)()ばれてどこかへ行ってしまいました。

 ボクはおじさんの言っていたことについて考えていましたが、そんな時、従兄(いとこ)のお兄さんがやって来て、ボクが手に持っている神様(かみさま)のぬいぐるみを目にすると、声を上げました。

「あっ。それって……」

 お兄さんは(だれ)かの名前を()びました。それはボクも知っている名前です。確かテレビで聞いたことがあります。歌ったり(おど)ったりしている、とっても綺麗(きれい)なお姉さんの名前でした。

「これ、どこで買ったの?」

 お兄さんはボクに()()るようにして聞きます。ボクが場所を教えると、首を(ひね)って、悩まし気に(まゆ)()せました。

「ファンなの? それとも、お父さんがファンなのかな?」

 僕はテレビで()いたお姉さんの歌を思い出すと、小さく(うなず)いて「お姉さんのお歌、好きだよ」と言いました。

「そうなんだ。今度チケット取れたらライブに(さそ)うよ。楽しみにしておいて。それまで体を(こわ)したりしないようにね」

 お兄さんはとても満足(まんぞく)そうにボクの(かた)をポンポンと叩くと、ウキウキした様子で去っていきました。お兄さんがあまりに(うれ)しそうなので、ボクも(うれ)しくなってしまいました。

 それからボクは縁側(えんがわ)(すわ)っているお(じい)ちゃんの所へ行きました。

「おお、お顔をよく見せておくれ」

 お(じい)ちゃんがボクに手を伸ばします。ボクは(となり)(すわ)って、お(じい)ちゃんの温かい木のような顔を見上げました。お(じい)ちゃんはボクの頭をゆっくりと()でて、庭から吹いてくる風に身を任せています。

 ボクはお(じい)ちゃんにも神様(かみさま)のぬいぐるみを見せました。

「ありゃ。これは、お天道様(てんとさま)じゃないか」

「おてんとさま、って、なあに?」

「お日様のことだよ。太陽だ」

 言われて空を見上げましたが、太陽は(まぶ)しすぎてとても目を開けていられませんでした。そんなことをしていると、お(じい)ちゃんに「お天道様(てんとさま)を直接見ちゃ(あぶ)ないよ」と、まぶたを押さえられてしまいます。

「気を付けにゃあならん。ずっと健康(けんこう)で、(すこ)やかに育っておくれ」

 お(じい)ちゃんが、(ねが)うように、(いの)るように言いました。

 それから、お(じい)ちゃんも親戚(しんせき)の人に()ばれて行ってしまいました。ボクは一人縁側(えんがわ)(すわ)って、神様(かみさま)のぬいぐるみをじっと(なが)めました。


 みんな、この神様(かみさま)のぬいぐるみが、それぞれの大切(たいせつ)なものに見えているようでした。けれど、ボクには真っ(くら)な穴のようなものにしか見えません。ボクはそれがだんだん悲しくなってきました。悲しい気持ちはどんどん(ふく)れ上がって、(なみだ)(こぼ)れてきたのでした。

 ボクは神様(かみさま)のぬいぐるみを(のぞ)き込みました。ボクの大切(たいせつ)なものってなに、そう心の中で()びかけてみました。すると、穴の底にボクの(なみだ)(しずく)一粒(ひとつぶ)落ちて、ぽちゃり、と音を立ました。どうやらそこは井戸の底みたいになっていて、水が()まっているようです。それとも、ボクの(なみだ)が集まって池になったのかもしれませんでした。

 ボクはその水面(みなも)(のぞ)き込みました。水面(みなも)(かげ)()らめいて、ボクが(うつ)り込みました。水面(みなも)の向こう側にいるボクは明るく笑っていて、とっても元気そうです。

 あっ、とボクは声を上げました。いつの間にか神様(かみさま)のぬいぐるみは(かがみ)になっていたのです。

 ボクはボクを見つめました。そして、お父さん、お母さん、お友達、おじさん、お兄さん、お(じい)ちゃん、みんなのことを(おも)いました。みんな、ボクにあることを言っていました。

怪我(けが)してない?」

風邪(かぜ)ひくなよ」

「自分を大事(だいじ)にしなきゃあいけないよ」

「体を(こわ)したりしないようにね」

「ずっと健康(けんこう)で、(すこ)やかに育っておくれ」

 ボクは、ボクを大切(たいせつ)にしなさい。神様(かみさま)のぬいぐるみに、そう言われている気がしました。すると(かがみ)の中にはボクではなくて、ボクを(おも)ってくれているみんなの顔が(うつ)りました。みんなが笑うと、ボクも笑いました。それはボクの(かがみ)ではなく、みんなの(かがみ)だったのです。

 ボクはみんなが大切(たいせつ)にしてくれるボクを大切(たいせつ)にしよう、と思いました。いつか、お父さんにとってのお母さん、お母さんにとってのお父さん、そんな(だれ)かをボクの(かがみ)(うつ)す時がくるかもしれません。そんな(だれ)かの大切(たいせつ)になれるように、ボクは神様(かみさま)のぬいぐるみを大切(たいせつ)()きしめたのでした。

 この「神様のぬいぐるみ」は小説家になろう様主催「冬の童話祭2023」への参加に際して書いたものになります。

 あとがきは活動報告の方へ投稿致します。ご興味がある方は、そちらもご覧頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 不思議なぬいぐるみでしたね! ずっと大切にしていれば違った形で見えるようになるのかも?
2022/12/24 11:27 退会済み
管理
[良い点] ちいさい子供にはまだ『ほんとうにたいせつなもの』がはっきりと見えないのかも。 少年の成長とともに、違った形に見えてくるかもしれませんね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ