幕間
響き渡るサイレン。明滅する赤色灯。地上では指令と怒号、そして呻き声が飛び交い、天空ではそれを掻き消すようにヘリが飛んでいる。
その勢力は二つ。一つは災害報道するマスコミのヘリ。もう一つは負傷者を運搬する自衛隊のヘリだ。
陸上での負傷者の運搬が困難と判断され、県知事が自衛隊に災害派遣要請を行った結果である。
要請から一日も経たずして、第三十四普通科連隊からは一万人以上が現場に到着し、救助活動を開始していた。軽傷者が大半を占めていたが、現場は油断ならない状態だった。
何しろ、地割れの中に車が飲み込まれ、その中に家族全員が閉じ込められていたり、脱線した挙句宙吊りの状態の電車があったりと被害の範囲がとにかく広い。
その中で、重傷者を見つけ出したら、最寄りの開けた場所か、海岸近くへと運んでひたすらヘリでの輸送となる。太陽が出ている内は、その場での回収もできたのだろうが、暗闇が訪れてしまってはそれも不可能だ。いくら精鋭と言えども、リスクを無視して活動はできない。
通信で聞こえてくる情報を頼りに、何とか一人でも多くの人々を助けようと奮闘していた。
「……こんなことになるとは、な。」
海岸付近のデッキから救助活動の様子を見ながら、乾連二は携帯を片手に呟いた。一見、無事のように見えるが、スーツの右足部分は切り裂かれ、そこには包帯が撒かれている。自分で立つのはきついのか。石でできた手すりに寄り掛かっていた。
「こっちは連絡がついた。あなたの方は?」
「こちらもやっとつながった所だ。すぐに親戚中に連絡を回すとのことだ」
妻である美香が憔悴しきった顔で連二の横に並ぶ。
異界から脱出してから十二時間以上が経過した。無事に従業員たちは逃がすことに成功したが、久陽と芽衣は行方知れずで携帯にもつながらない。同様に自分たちの息子と娘も音信不通であった。
「すまない。もう少し私が早く気付けていれば、こんなことにはならなかった」
「いえ、こればかりは誰にも予想ができないこと。それよりも、これからどうするかを話し合いましょう?」
美香は手すり側に振り返って、肘を乗せる。
最も砂浜から近いスカイデッキで、海の傍にはたくさんの船が止まっていた。いつもは水面には星や街の照明が照り返して反射しているはずなのに、空はどんよりとした雲に覆われ、停電で街灯に光は灯らない。海岸やいくつかの建物では自家発電により光が確保されているが、海はほぼ真っ暗な闇と化していた。
「私の実家の反応は、とりあえずこっちに犬神を向かわせるということだった。自分たちが動けるのはそれだけだ、とね。犬養家は芽衣ちゃんの御両親がこちらに来てくれるようだ。途中からは徒歩だけど、その点に関しては心配するなって」
「こっちの実家は、とりあえず例の荒魂がどこから出現したか情報を集めてくれるみたいだけど、あなたの家と同じで足を運ぶほどの余力はないみたい。手を貸してくれるだけ、ありがたいのはわかってるんだけど……」
実子を含む四人の子供が命の危険にさらされることになるとは思ってもいなかった。しかも、自分たちも巻き込まれそうになる形で。
「犬塚家は?」
「それが、ね。少しおかしい返事が返って来たんだ。『いま自分たちに出来ることは何もない。後はあの子次第だ』ってね。」
「……彼のお母様は、息子を見捨てるほど冷酷な人じゃない。きっと、何か理由があるのかもしれないわ」
美香は風で乱れた髪をかき上げて、携帯を操作する。犬塚家に電話を掛けるが、何回呼び出し音が鳴っても出る気配がない。唇を嚙み締めながら美香は通話を切った。
「ダメね。繋がらない」
「いつ連絡が来るかわからない。あまり電話をかけ続けてバッテリーを消費するのはやめておこう。これは多分、長期戦になりそうだ」
連二は空を見上げてため息をついた。
「彼らが無事だと良いのだが……」
連二の言葉は虚空へと消えて行く。連二はせめて、この想いだけでも息子たちに届いてほしいと願って目を閉じた。
次話投稿日時 8月13日 5:00




