撤退Ⅵ
電気も止まり、天候は雷雨。
当然、部屋の中は真っ暗で、とてもではないが朱理には耐えられる状況ではない。桃を食べ終わった後に急遽布団を敷き、朱理だけシーツを被って耳を塞ぐ体勢に入った。善輝が膨らんだシーツの背中らしき部分を擦り、何とか安心させようとしている。
外ではその様子を嘲笑うかのように雷神様が荒ぶり、並大抵ではない頻度で雷が落下する。恐らく背負った太鼓をメタル曲並に叩きならしているに違いない。
そのままの状態でとりあえず話を続け、フウタが後で彼女に伝えるということで落ち着いた。
「それで、ここが異界であるという前提で話をすると、外部からの救援が必須になる」
久陽は以前話した神隠しの太鼓や金属音などの鳴り物の話を例示する。ただ、問題点もいくつか出てくる。
音が聞こえるのは現実世界と異界の境界でのみ。それを何のヒントもなく探し出さなければならない。また、音も常に聞こえてくるわけではない。一日中、同じ場所で音を鳴らし続けることなど不可能だからだ。
「境界がいつまでも同じ場所にあるとは限らない。音源も移動し続けている。仮に境界を超える音が合っても、俺たちが近くにいるとは限らない。」
「そうだな。かなり望みが薄い方法だ。だから、もう一つ……いや、二つの可能性を考えてみたい」
久陽は善輝をじっと見つめる。
最初は何事かと首を傾げていた善輝だが、次第に芽衣、ムク、フウタの視線が集まり出す。急に自分へ注がれる眼差しに慌てだす。
だが、そのとき善輝自身も気付くことがあったのか。小さく口の中で声を上げた。
「もしかして、俺の影犬の出番ですか?」
「ああ、お前の影犬の能力の転移を利用する。もし、街を散策している中であちらと繋がる場所を見つけたら、即座に影犬を突撃させる。運良く現実世界に行けたら転移を発動させる」
「でも、そう都合よく見つかるかしら」
芽衣が当然の疑問を投げかける。手段としては便利に見えるが、前提条件である境界を見つける手段自体ではないことが問題だ。
しかし、久陽は首を振る。
「いるだろう。俺たちより優秀で、ここから自力で脱出できそうな奴が」
『犬伏の所の坊やか』
フウタの言葉に久陽は笑みを浮かべる。
司と出会った時、何かを探している雰囲気はあったが焦った様子はなかった。前者が久陽を探している行動だとすれば、焦りがない理由はここを無事に脱出する自信があると考えることもできる。
そうでなければ、呑気に気に入らないという理由だけで、こんな異界に留まるはずがない。加えて、現実世界と違って殺した証拠が普段以上に残りにくいということも、彼にとっては都合がいいだろう。
「あれだけのエリートなんだ。俺を諦めて一度元の世界に戻るということもあり得る」
「その瞬間を狙って、俺の影犬で脱出するってことか。アイツに一泡吹かせられるか? 俺」
「現実世界に戻ったタイミングにもよるけど、その後に影犬を司から離れた場所で転移させないと危険ね。でも、少し希望が見えてくる感じがするわ」
他力本願ではあるが、これ以上楽な方法はない。少なくとも、労力を最小限に現実世界への帰還を目指せる方法だ。そして、この方法の利点は、別の方法でのアプローチを同時並行で進めることができることにある。
『それで? もう一つの方法は?』
「事務室にあった血痕。アレを見て思ったんだ。こちら側に引きずり込もうとした奴がいて、それに連二さんたちが抵抗したのかと。でも、思ったんだ。実は、逆なんじゃないかって。」
「逆?」
久陽の発言を誰も理解ができず、芽衣がぼそりと呟いた。神隠しは異界の存在が人を攫うことで起こる。それの逆ということは、一体どういうことなのかと。今度はみんなの視界が久陽へと集中する。




