撤退Ⅲ
問答は諦めて、久陽たちと共に一階に降りる。人が消えたという認識があるせいか。より静けさが強く感じられた。
波の音と共に風が吹き抜け、あまりの強さに吹き上がった砂が窓ガラスに叩きつけられる。しばらくした後に、小さな音を立てて落ちていった。
「さっきまであんなにいい天気だったけど……一雨来るか?」
「夏だから入道雲もできやすそうね。まだ晴れてそうだけど、早ければ三十分もしない内に降ってくることもあるかしら」
まだ太陽は出ていて暗くはない。だが、念のために外に出るのはやめておいた方が良いだろう。
そう判断した芽衣は、近くとはいえコンビニに行くのは選択肢から外して、旅館内で捜索を行うことを提案する。それを全員了承して、事務室の中へと踏み込んだ。
「あ、あったあった。神棚。ということは、この下に置いてあるのが――――」
久陽は美香からの連絡にあった木箱を見つけて駆け寄る。既に箱の蓋は取り除かれており、神棚の下にある小さな机の上から端がはみ出す形で乗せられていた。
中身を見るとメッセージに書かれていた通り、確かに缶詰や桃、スナック菓子にペットボトルなどが入っていた。そのうちのいくつかを両手で掴み、他の三人に手渡ししてチェックを促す。
「特に変わった所はないよな」
「そうですね。普段、コンビニや自販機で見る清涼飲料水やお菓子って感じです。後ろにある成分表とか見ても、違和感はありませんし、製造者も私たちが知っている有名な会社です」
朱理が裏も表も間違いがないかくまなく探すが、どうやら市販品と変わらないものらしい。善輝や芽衣も他の物を受け取るが唸るだけで、違和感はあまり感じないようだ。
ただ一つ、芽衣が気になって手を伸ばしたのが桃だった。
「何で桃だけ本物の果実なのかしら。加工食品の中で唯一、そのまま入れてあるから何か意味があるのかも」
「まさか、そんな未来予知できる人がいるなら、最初から助けてくれって言いたいよ」
久陽が呆れながら他の食品に手を伸ばして確認をしていると、芽衣やムクの射抜くような視線に気付いた。一体、何かおかしなことでも言ったのかと固まっていると、ムクが久陽へと歩み寄る。
『おい、もう少し詳しく話せ。何で桃があることが未来予知に繋がるんだ?』
そう問われた久陽は苦笑いしながら、確認作業に戻る。どうでもいいことだと言わんばかりに、片手間でムクの質問に答え始める。
「異界で桃と聞くと黄泉平坂の話だろ? 伊邪那岐が逃げる時に冥界から追ってくる奴らに投げて時間稼ぎしたって話だよ。でも、この木箱が流れ着いたのは異界に飲み込まれる前だったんだから、因果関係は成り立たない。未来予知でもできない限りは、な」
なるほど、とムクは納得するが芽衣は何か気になるようで、久陽の持つ桃をじっと見つめている。
「そんなに疑うなら美香さんのメール見るか? 一応、そこの神様の系列の神社のお札だったらしいぞ」
「え、見ていいの?」
予想外だと言わんばかりに芽衣が眼を見開く。指紋認証で素早くロックを外して渡されたスマホをまじまじと見つめた。その姿を確認せずに久陽は他から物を取り出し、また納めていく。その横では善輝も無言で同じことを繰り返していた。
「ああ、俺じゃ気付かないことでも、お前なら気付くことがあるかもしれないからな。」
「その……勝手に私が他の人とのメール覗いちゃうかもしれないじゃない?」
「別に見ても問題ないぞ。見られて困ることなんてないからな。あ、迷惑メールは結構届いてるから絶対開けるな。開けても勝手にリンクをクリックするなよ」
そう言いながら久陽は芽衣から受け取った桃の香りを嗅いで、箱の中へと戻していく。
芽衣の手元には既に開かれたメールの文章。それを一通り読んだ後、ホームボタンを押して久陽へとすぐに戻す。
「何だ。もういいのか?」
「信用して預けてくれたものを盗み見るほど落ちぶれちゃいないわよ。それで? 火を使わないで食べれそうなものは?」
「中身のほとんどが大丈夫だ。自分で否定しといてなんだけど、都合が良すぎるくらいだな」
そう言って久陽は乾パンとペットボトルを人数分取り出した。




