邂逅Ⅴ
その視線に気付いた芽衣が朱理の方へと顔を向けると、朱理はおずおずと尋ねた。
「もしかして、その犬伏の、司って人と何かあったの?」
「ま、まあ、あったというか。無かったことにしたというか」
「告白されたとか?」
「――――うっ」
何故、こんな時に限って鋭いのか。朱理もまた女ということで、人の恋模様には敏感だということだろうか。
間を置かず冷静に答えられなかった時点で肯定したも同然。頭の中で幾つか言い訳や誤魔化しを考えたが、自分の相談に乗っていてもらっていたこともある相手に嘘をつくのは気が引けた。
加えて、司と言う男がどれだけ危険で、人のことを考えない最低野郎かということは、伝えておいた方が良いかもしれないと考えたところもある。
詳細は省くとして、ある程度かいつまんで司との出来事を話したところ、朱理は案外すんなりと話を受け入れてしまった。
「驚かないの?」
「その……芽衣お姉ちゃんが久陽兄さんと仲良くしたいって言ってきたときに、何かあったのかなって思って。友達のみんなが彼氏ができて焦ってるっていう予想もあったんだけど、受験期にそんなことに現を抜かすような人じゃないから、きっと親に婚約者を紹介されたとか、そういう流れかと」
『……朱理。私が言うのも何だが、少女漫画の見過ぎだ』
でも当たってるじゃん、と頬を膨らませる朱理だったが、芽衣の方は唖然とするしかなかった。まさかのまさか。朱理にそこまで見破られているとは思っていなかった。
波の音が無常に部屋の中に響いて来る。
「ムク、私ってそんなわかりやすいかしら?」
『わかりやすい方ではあるが、あいつにはそれじゃあ全然足りんな。朴念仁とかそういうレベルじゃないからな』
励ますつもりで言ったはずなのに、最初の言葉で芽衣の心に罅が入ってしまった。落ち込む芽衣に掛ける言葉が見つからず、ムクがフウタへと視線を向ける。
しかし、そこには既に別の方を向いたフウタと朱理がいた。
『……だから、あいつのことが嫌いなんだ』
吐き捨てるようにムクは呟いた。
「はっくしゅん!」
「ちょ、久陽兄さん。風邪っすか?」
急に隣でくしゃみをした久陽に善輝が驚く。
辛うじてシャツの二の腕で口を抑えることに成功した久陽は首を傾げた。
「いや、寒気も何もしない。エアコンの風浴びると風邪ひきやすい体質なんだが、ここ数日は調子がいいくらいでさ。誰か俺の噂でもしてるんじゃないか?」
「くしゃみ一回は悪口を言われてるんでしたっけ? 俺なら三回がいいですね。」
一誹り、二笑い、三惚れ、四風邪。昔から言われる迷信だが、一体どこから生まれた言葉なのか。二人は階段を降りながら、リラックスするために会話を途切れさせないようにしていた。
しかし、階段を下りる途中、不意に久陽が善輝に問いかける。
「俺が使える術式。何か覚えているか?」
「前に聞いた時だと、身体強化の法と早九字護身の法ですね」
「そうだ。後幾つか切り札がないわけじゃないんだけど――――」
久陽は言うべきかどうか悩んだ。
己の切り札を公開するのは、あまり褒められた行為ではない。だが使える術式が限られ過ぎている現状、万が一に備えて仲間である善輝には話しておくべきだと思ってしまう。
「言わなくていいっすよ。兄さん」
「え?」
「どうせ兄さんのことです。使う条件に縛りをつけてるせいで、ほとんど使えないんじゃないんですか?」
見透かしたかのように得意気に語る善輝。口を開けたまま歩むのも止まってしまった久陽は、我に返ると手を叩いて笑ってしまう。
「何だ。全部お見通しってか」
「逆に聞きますけど、それ以外あります?」
「ないな」
納得がいったのか。再び階段を降り始める久陽。既に一階のエントランスは見えて来ており、あと十数秒で辿り着く。
出入口の自動ドアの向こうには既にプードルが二匹待機していた。中に入ってこないのは主の手がかりをできるだけ探していたいからだろう。
「善輝。気を引き締めていくぞ」
「オッケーっす」
二人の足がエントランスの床に着いた瞬間、空気が震え、雰囲気が一変した。
次話投稿日時 8月12日 14:00




