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犬神のおん返し  作者: 一文字 心


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邂逅Ⅳ

「じゃ、じゃあ、もし俺たちが朝飯に火を使ってたら……」

「……生きて戻れない!?」


 乾兄妹が顔を見合わせる中で、フウタは少しばかり顔を歪める。下手に二人を怖がらせるな、と言わんばかりに牙を見せた。


「悪い悪い。でも、幸いにもこの中でそういう物を食べた奴はいない。ここが異界と仮定するなら、脱出するまでは口にしたらヤバいと思っておいた方が良いだろう」


 久陽はふと、事務室にあったカップヌードルを思い出す。電気ケトルで沸かされたお湯の場合、竈での調理としてカウントされるのだろうか。それすらもダメだとすると食べられるものは、かなり限られてくる。

 最悪、厨房かどこかにある未調理の食べ物を漁ることも考えないといけない。司と会った後に、食料の確保もしなければならないことを考えると、それなりに今日はハードな一日になる。

 まずは何事もなく――――は難しいだろうが、無事に帰って来られるように自身に気合を入れて立ち上がった。

 


「ちょうど良かった。今、プードル達と連絡が取れて、一組がこっちに向かってるわ。そこで合流してもらえる?」

「因みに、司がいるのはどのあたりだ?」

「さっきの所から移動して……国道を上って、浜が途切れた更に北って所かしら」


 芽衣が眉根に皺を寄せながら思念を飛ばし合う。

 久陽は善輝へと目配せすると、すぐに彼も立ち上がって軽くその場でジャンプした。どうやら、善輝も知らない内に体が強張っていたようだ。


「色々と不安はありますけど、久陽兄さん。まずは頑張っていきましょう。最悪の場合は、俺がなんとかフォローしますから、ドンと構えててください」

「ははは、これじゃあ、どっちが年上かわからないな。そうならないことを祈ってるけど、万が一の時は頼りにしてるよ」

「うっす」


 まるで空手家のように両手を腰のあたりに引いて返事をする善輝。その背中を朱理とフウタが心配そうに見つめていた。

 当然、その視線に善輝が気付かないはずがない。

 だが、彼はその視線を受けて尚、行ってくると言わんばかりに片手を振って玄関へと歩み出す。

 途中、大きく畳を踏み抜くかのように大きく足を落とすと、黒い水たまりのような影が広がり、畳へと吸い込まれるように消えていく。


『大丈夫だ。少なくとも、善輝の能力なら初見の相手は見破れない。離脱するにしても問題なく戻って来れるだろう』

『相手はあの犬伏の所の子だ。油断していると足元を掬われる。気を引き締めておけ、善輝』

「わかった」


 久陽と共に部屋を出ていくところを芽衣も朱理も見送ろうと立ち上がる。

 靴の踵から指を引き抜きながら立ち上がった二人は、それ以上は何も語らずに部屋を出ていこうとする。


「二人とも、絶対に帰ってきなさいよ」

「怪我しちゃだめだからね」


 二人とも頷くと扉を閉めて行ってしまった。

 廊下を歩く音がだんだん遠退いて行き、やがて聞こえなくなる。それを確認して、芽衣は鍵をかけた。


「ムク、大丈夫だと思う?」

『どういう意味でだ?』

「どういう意味も何もないわ。二人があいつと争わずに済むかどうかよ」


 一方は犬神の力を強くしようと家を離れた一族。もう一方は、犬神の呪いを使うことなく守護霊として共に過ごすことを選んだ一族。いくら当時の人間ではなくとも、その教えを受けている以上、何らかの軋轢が生じていてもおかしくはない。


『争いの火種なんて、いくらでもあるだろう。特にお前個人の場合は』

「そ、それは……」


 芽衣の視線が泳ぐ。

 司には一応、最悪な形とはいえ告白をされた身だ。それをこっぴどく振ったとあれば、恨みを買ってもおかしくない。


『ただ気に入らないとか恥をかかされたとかいう理由で、問答無用に呪詛をかけてこないだけ、まだ常識人の部類だ。あいつらと鉢合わせた瞬間に、なんてことにはならないだろうよ』

「そ、そうよね。流石に、そこまで馬鹿じゃないわよね」


 そう言って苦笑いする芽衣だったが、内心は冷や汗ものだ。

 そんな彼女の気持ちを知らず知らずの内に察してしまったのか。朱理はじっと芽衣を見つめていた。

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