邂逅Ⅲ
縁起でもないことを言うな。そう口から出す前に、久陽の言葉が紡がれる。
「じゃあ、行く前に軽く何か食べてくか? もう十二時どころか一時を回ってるからな」
「いや、試合直前で食べると逆に動けないから……朝食べたシリアルで十分ですよ。帰って来てから食べましょう」
「そうだな。帰って来てから、飯を――――」
久陽はそこではっと口を抑える。視線は宙を彷徨い。心なしか、先程よりも汗が増えているようにも見えた。
「どうしたんですか。もしかして、お腹が痛いとか?」
「いや、そうじゃない。でも、いや、そんなことは……」
急に尋常ではない反応をする久陽に周りも動揺を隠せない。
何かしらの敵の攻撃かと警戒しながらも、ムクが久陽へと問いかけた。
『おい、急にどうした?』
「……芽衣、俺たち朝飯食ってないよな。」
その返答に芽衣とムクはずっこけそうになる。
「あ、あんたね。こんな時に何を呑気に飯の話なんてしてるのよ! 食い意地が張ってるのは知ってたけど、そこまで――――」
「――――違う。そんな呑気な話で俺が慌てるわけないだろ」
久陽はテーブルに両手を着いて、善輝と朱理の顔へ視線を交互に送る。その視線があまりにも鋭いせいか。二人とも思わず生唾を飲み込んだ。
『久陽の坊や。二人を脅してるようにしか見えないが、何かあったのか?』
「フウタ、一応聞きたい。二人の今日の朝食はシリアルと牛乳で間違いないか?」
食い意地が張ってるとしても、人の朝食まで根掘り葉掘り聞くのは流石にあり得ない。フウタは何かしらの事情があると理解して頷いた。
『少なくとも私が見ている限りではそれくらいだ。まあ、朱理の場合はひっそりと冷蔵庫の中にあったプリンに手をつけている可能性は否定できないが……』
「むー、私そこまで大食いじゃないもん」
「嘘つけ。前に隣のクラスの奴に言われたぞ。お前の妹、昨日も凄いおかわりしてたんだってなって。その癖、全然、縦にも横にも成長しないのはどうかと思うが」
フウタの両頬を掴む朱理だったが、善輝という証人がいる以上誤魔化しは聞かない。そのままの状態でゆっくりと善輝に振り返る。
「お兄ちゃん? レディには言って良いことと悪いことがあるんだよ?」
「レディになってから言うんだな」
「むむむ……」
二人の間で珍しく火花が散っているようだが、久陽はお構いなしに二人へと鋭い眼差しを送る。その威圧感に気圧され、二人の動きが止まり、表情も硬直した。
「最終確認だ。昨日の晩飯以降、火を通した食物は口にしていない。イエスかノーか」
「の、ノーです。」
「わ、私もノーです。」
まるで軍隊の新人のように微動だにせず、答える二人。その二人をもう一度交互に見た後、久陽は息を大きく吐いた。表情の緩み方からして、安堵したように見える。膝と肘の力が抜け落ち、畳に膝が着くと同時に上半身をテーブルに投げ出した。
「そうか。よかった」
「良かったって、何がよ。少しは説明をしてくれてもいいでしょう?」
「ああ、それなら簡単だ。俺たちは朝から異界に飲み込まれている可能性がある。これはもういいな?」
顔だけを上げて三人の表情を確認しながら、久陽は端的に言葉を告げた。
「黄泉竈食いだよ。芽衣とかムク、フウタも知ってるんじゃないのか?」
『――――なるほど。それは失念していた。坊やが焦るのも無理はない』
フウタは大きく頷く。芽衣とムクも納得が言った表情を浮かべるが、乾兄妹は頭上にいくつものはてなが浮かんでいた。その様子に気付いたムクは、二人の側に行くと説明を始める。
「簡単に言うとだ。死者の国の世界の竈で火を使って料理したものを食うことだ。それをやってしまうと、二度と現世に生きて戻れないっていうのが神話に出てくるんだよ」
それを聞いて、二人の顔から血の気が引くのが見えた。




