邂逅Ⅱ
久陽の瞳が今度は芽衣を捉える。
「芽衣。プードル達だが、一組だけでも動かせないか?」
「お願いすればできるかもしれないけど……。どうして?」
「どうしてって、お前をここに置いて行ったら、どこに司がいるかわからないじゃないか」
三組いる内の一組を久陽は案内役として考えていた。最悪、それが無理なら、善輝の影犬に探させた上で、善輝に連れて行ってもらうということもできる。
しかし、そうなると二度手間で時間もかかる。
それならば、司の下に移動しながら、どこか適当なところで落ち合う方が都合がいい。善輝の影犬も三匹フルに使うことができる。
久陽は地図を指先で叩きながら考える。
犬伏の目的は何か。同じように巻き込まれ、ここから脱出をしたいのか。はたまた、自分たちに危害を加えたいのか。
ただでさえ、訳の分からない状況に巻き込まれているのに、さらに謎が一つ追加されてしまった。もはや久陽の頭はパンク寸前だ。善輝には話さなかったが、ここにいる全員で襲い掛かったとしても勝てるかどうかはわからない。あくまでヤバい、強い、怖いの三拍子が遠くから聞こえてきているだけなのだから、評価のしようがない。
「最低限の常識くらいはもっていてくれるといいんだが……」
そう言いながら久陽は目の前の地図へと視線を落とす。完全に陸の孤島になってしまった惨状に頭痛がしながらも、久陽は言葉を続けた。
「それで、こっちについては何か気付いたことはある? 俺が見る限り、確実にここに閉じ込めるか。或いは隔離する様に天災が起きているようにしか見えないんだが」
「それに関しては、私たちも同感よ。正直、徒歩で抜けるとしてもかなり苦労しそうだわ」
芽衣はそれこそお手上げとでも言わんばかりにため息をつく。
『ここにいる分には何も起こっていないように見える。でも、実際はこうしている間にも街のどこかが切り崩されているのだろうな』
呪術は縛りを設けることで強くなる特性がある。その最も有名な物の一つが見られてはならないことだ。
かの有名な丑の刻参りも、「人に見られてはならない」という縛りを乗り越えるからこそ、呪殺の威力が出る。そこに失敗すれば自分が呪われるという縛りがあれば、さらに効果が出ることは明白だ。
今、この瞬間に起こっていることも誰も観測していないことで規模が増している可能性が高い。その術士は今、どこで、何をしているのか。
「もしかして、そいつが街を回りながら事件を引き起こしているとか……!?」
「どうだろうな。俺が見かけたときも芽衣が見かけたときも奴は徒歩だった。車も使わずにこの距離を半日で移動できるとは思えない」
「犬神を飛ばせば距離なんて、関係ないですよ。少なくとも、俺なら簡単に移動できます」
善輝が力強く言うと、久陽は躊躇った後に小さく頷いた。
何もわからぬままで相対するのは自殺行為だが、これ以上ここで手をこまねいていては、前に進めない。
いつ、元の世界に戻れるのか。或いは、いなくなった人たちを取り戻せるのか。それは自分たちの行動にかかっているかもしれないのだから。
「善輝。準備ができたら、ここを出発しよう。芽衣、プードル達が了承したら教えてくれ」
「わかったわ。今、連絡を取ってみるから少し待ってて。」
芽衣は一度、目を閉じると思念を送ることに集中し始める。
『……悪いな』
「何だよ。柄にもなく元気がないじゃないか。万が一、俺の身になんかあった時は、芽衣たちのことを頼むぞ」
久陽は笑ってムクの頭を撫でる。
いつもならば、気安く触れるなと吼えるところだが、ムクはされるがままになっていた。久陽が司と会うのを恐れているのがわかっているから。
テーブルを指先で忙しなく叩いていたのも、こうして頭を撫でているのも手の震えを誤魔化すためだ。




