邂逅Ⅰ
久陽は部屋に戻ってくると、すぐに自分が書き込んだ地図を見ながら、テーブルの上の地図に書き写していく。その作業の傍ら、久陽は芽衣たちの話に耳を傾けた。
「はあ? 犬伏司がいるから接触を計ってみたいだと!?」
「そう。何かしらの情報は得られるかもしれないでしょ。正直、私はあの男のことが嫌いだけど、虎穴に入らずんば虎子を得ずってやつよ」
芽衣が仕方ないとばかりに両手を上げる傍ら、久陽はその横にいるムクを睨む。
「(おいおい、どうなってんだよ。そういうのはお前が止めるべきじゃねえのか?)」
久陽の握っていたボールペンが、勢い余って数センチ横に逸れる。慌てて、修正をしながら続ける中、ムクは黙ったままだった。
「(まあ、この二人もいる手前、止めにくいのはわかるけどな。……俺に最終決定権をもってくるなって)」
久陽の予想では、乾兄妹は接触賛成派。逆に芽衣、ムクは一応反対派のはずだ。念の為に聞いてみると、その通りだ、とムクが頷く。
ただし、意外だったのはフウタがどちらでもなく投票棄権を選んでいたことだった。つまり、久陽の意見一つでどちらにも転ぶということになる。
「因みに、俺も投票を棄権するというのは?」
「してもいいけど、そうなると話は振出しに戻るわ。できればどちらかに決めて欲しいのだけど」
困った表情を浮かべる芽衣だが、その表情をしたいのは久陽の方だった。せめて、地図を完成させた上で話し合って、どうにもならなくなってからだろうと思っていた。
芽衣の安全とここに関するヒント。どちらも重要だが、持っている判断材料が少なすぎて何とも言えない。
「それで? 司は今どこにいるんだ?」
「駅と旅館を結んだ真ん中あたりね。あんたが戻ってくるまでは、もう少し遠くにいたんだけど」
「何か怪しい動きをしているとかわかるか?」
どの地点に、どれくらいの時間いたか。場合によっては呪物を埋め込んだり、呪いの儀式を行っていたなんてことも考えられる。犬神使いではあるが、そういうものに手を染めていてもおかしくないというのがムクの意見だった。
「ごめんなさい。プードル達はあくまで自分の主人を探すのが目的だから、あの男の動向は私も詳しくないの」
「まじで八方塞がりって感じだな。地図も、調査も」
最後のマークを記入し終えて、久陽はペン先を引っ込める。地図から分かることは、非常に単純だ。いつの間にか温水市の一部分を囲う様に、すべての道が塞がれているということ。逆に言えば、それ以外何もなかった。
ペンをテーブルに放り投げて久陽は、そのまま後ろへと倒れ込む。畳の柔らかい感触と完全に冷たさを失った温度が肌に伝わってくる。汗にまみれたシャツが背中に張り付くのはどうにも慣れず、すぐに起き上がった。
「それで、そっちの二人はどうしても会いに行きたいと」
「うん。きっと話せば助けてくれると思いますよ」
朱理の屈託のない笑顔が久陽には眩しかった。
良く言えば純粋、悪く言えば世間知らずという言葉が彼女にはぴったりだ。社会に出れば、悪い人間だってたくさんいる。それは大人になればなるほど実感するものだ。
だから久陽は悩んだ後、こう提案した。
「俺と善輝が行こう。芽衣はプードルに司がいるところに連れていくよう指示を出してくれないか?」
「な、何で俺?」
久陽からの指名に驚く善輝だが、久陽はその理由を淡々と説明する。
「芽衣の口ぶりから考えても、あまり二人が顔を突き合わすのはよくない。何せ相手は、生粋の犬神使いのエリートって話だからな。芽衣みたいに能力が高い奴が出ていくと喧嘩吹っ掛けてくるかもしれん」
「それ、俺は能力が低いってことですか?」
「いや、逆だ。善輝の犬神は犬神の中でもかなり特殊だ。機動力と隠密という点においては気付かれる可能性が一番少ない。だから、何かあった時はこちらがアドバンテージを取れる」
その言葉を聞いて、善輝は照れくさそうに頭の後ろを掻いた。




