喪失Ⅱ
慌てて久陽は窓を開けて外を見る。
ただ昼間ということもあり、電灯で判断するには難しいところだ。辛うじて左の遠く――――浜辺の堤防の向こう――――に三色のどれもが暗くなっている信号機が見えた。
「だめだ。信号機も止まってやがる」
「……水道もダメみたいです」
朱理が脱衣所の方から顔を出して首を振る。
ここではわからないが、最悪の場合はガスすらも止まっている可能性があった。四人とも、内心は市外に脱出しようとしていた人々は正解なのだろうと思ってしまう。
『流石に状況が悪い。一度、事務室の方へと行ってみた方が良いんじゃないか?』
「そうね。私も正直なところ、どうすればいいかわからなくなってきてる。歩いてでも市外まで出て、こいつの家に転がり込むのもやぶさかじゃないわ」
「俺んちかよ。」
急に指名が入った久陽は素っ頓狂な声を上げるが、冷静に考えてみれば彼女の言う通りだ。この中で一番実家が近いのは久陽――――と言っても、車でなら高速道路で二時間はかかる距離だ。歩いて駅を目指した上で、途中からの新幹線に乗れるのならば、運よく今日中に辿り着けるかどうか、と言った所だろう。
「あんた以外に誰がいるのよ。少なくとも、お母様は受け入れてくれると思うわ。部屋が足りるかどうかわからないから、そこは少し私たちが努力しないといけないかもだけど……」
急に勢いがなくなる芽衣。
確かに彼女の言う通り、久陽の母は文句を言うどころか喜んで受け入れてくれるだろう。問題はベッドなどの数が圧倒的に足りないことだ。少なくとも、一人は床で寝ることになるだろう。
「そ、その時は、二人で――――」
『まあ、たらればの話をここで広げても時間の無駄だ。さっさと下に降りるぞ』
ゴニョゴニョ、と顔を赤くしながら呟く芽衣を遮り、ムクが部屋を横切る。久陽は勿論、乾兄妹も頷いて、それに続く。
『何をそんなに一人で百面相しているのだ?』
「――――はっ!?」
フウタが問いかけると、そこで芽衣は我に返る。既に部屋には自分以外誰もいないことに気付き、慌てて玄関へと向かった。かかとを踏まないように人差し指で靴と足の間を確保して、素早く履いて通路に出る。それを見計らっていたかのように久陽が鍵を差し込んで回す。
シリンダーが内部で回り、金属音を立てた。二、三度ドアを引いて開かないことを確認すると善輝を先頭に一行はエレベーターへと向かった。
「もうお昼近いってこともあるけど、本当にお客さんがいなくなっちゃったね」
「仕方ないだろ。誰だって安全が一番だ。俺たちでも、これはどうしようもない」
善輝は肩を落としながらエレベーターのスイッチを押す。普段ならばオレンジ色の数字が四で点灯するところだが、やはり停電中でエレベーターも動かないようだ。
仕方なく、四人と二匹は階段へと向かう。三階、二階と下るにつれて久陽の首筋辺りにチリチリと焦げ付くような痛みが奔る。
手で何度か擦るが、痛みは引くことがない。それどころか下るにつれて酷くなる。思わず誰かが後ろから呪いでもかけているのかと振り返るが、そこには当然誰もいない。
仕方なく我慢しながら一階まで向かうが、最後の段を降りた瞬間、足から頭の先までを表現できない感覚が襲った。全身が鳥肌になったような感覚。逆立った産毛の一本一本に神経が走っているのではないかと錯覚するほどの悪寒に、久陽は思わず一歩踏み出したままの姿勢で左右を確認した。
「どうしたんですか? 何かいましたか?」
「いや、何か急に……居心地が悪いというか、変な感覚になってな」
善輝に心配されながらも、残った足を踏み出す久陽。それでも、まだ鳥肌は治まらず、下りた瞬間に感じた何かが勘違いではないという確信をもたせた。
その後、芽衣やムクたちも下り立つが、久陽と同じように戸惑った表情を浮かべる者はいない。そもそも、そんな感覚を味わっていないという風にも見受けられた。




