孤立XIII
犬伏司はこの場にいるメンバー同様に親戚にあたる。尤も、その親等はかなり離れている為、ほぼ他人と言っても過言ではない。
そんな司ではあるが、どこからか情報を得たのか。芽衣が複数の犬神を使役できることを知り、唐突に接触を図ってきたのだ。
第一印象は最悪の一言。見た目はホストさながらで、趣味の悪いピアスや指輪をいくつもしているのも気に入らなかった。更に口を開けば、自分の家がどれだけ凄い犬神使いの家系かを語った挙句、その中に入れてやると上から目線。
頷くのが当然だと思っているその顔に、腹が立って仕方が無かった。それ故に、笑顔で「結構です」の四文字を告げた己の判断は今でも間違いないと思っている。
その際に勢い余って久陽への想いを口走ってしまった気がしないでもないが、むしろ司にとっては良い牽制になっていると信じたい。
目的の階に着いたことを知らせる電子音が響く。次々に降りていく中で、考え事に耽っていた芽衣だけが遅れて歩き出す。
――――ガッ!
唐突に重たい音が響いて、芽衣は顔を挙げた。久陽が片手で閉まりかけたドアを止めている。
「おい、歩くときはちゃんと前を見た方が良いぞ」
「わ、悪かったわね。ちょっと、考え事をしてたのよ」
「犬伏司か?」
心臓が大きく跳ねる。ムクに小さく告げたつもりだが、久陽の耳にもしっかりと届いていた。その上で、彼は犬伏という単語にも関わらず、司という名まで告げている。目の前の男は司のことについて、一体どこまで知っているのか。僅かではあるが返答が遅れてしまった。
「あの人と会ったのはもうずいぶん前だけど、そっちの方では何かあったのか?」
「色々とね……。」
流石に告白されたと言うこともできずにお茶を濁す。
「最後に俺があったのは三……、いや四年前か。あの時は、完全に暴走族か何かに入っているような出で立ちだったな。金髪に染めて、髪をこう、後ろに――――」
そこまで考えて、久陽は先日見かけたホスト風の男に司の面影があることに気付いた。
「――――まさか、アレが犬伏司?」
「あんたが昨日見たホスト風の男って奴。それっぽいのが入口の向こう側からこっちを覗いていたわ。私が見ていることに気付いたら、すぐに引っ込んだけど」
肩を竦める芽衣だったが、それを聞いた久陽は少しばかり顔をひきつらせた。一歩間違えればストーカー行為になりかねない。また、犬神ではコチラに気付かれる恐れがあるから、直接観察しに来たと考えると、さらに数割増しで恐ろしく思えてくる。
「お前、あいつに何したんだよ。下手すると俺たち全員が束になっても敵わないかもしれないくらい凄い奴なんだろ?」
「詳しくは知らないけど、そうらしいわね。風の噂じゃあ、犬神をダース単位で操れるとか、既に何人もの政界の人間を呪殺しているとか。少なくとも、聞いていて気持ちのいい話ではないわ」
風の噂どころか本人から聞いた話だ。あの雰囲気から考えて、下らない見栄を張るタイプではない。恐らく、彼の言ったことは事実なのだろう。
もし、本気を出せば久陽たちも含めて、全員ここで呪殺して隠蔽するくらいのことはやってのけるだろう。ただし、それを行えばどんなことが起こるかわからないほど子供でもない。
少なくとも、かつての呪術が最盛期であった頃であるならば、家の名誉と血を守るための呪術合戦が繰り広げられたことだろう。流石に犬伏の神童と言われた人間であっても、犬塚・犬養・乾家を全て敵に回すなどという愚かな行為は決して起こさない。
そんなことをすれば、確実に自分の命が絶たれてしまう。
「ほんっと、最悪だわ」
「温泉に入って、下らないことは忘れよう。ああ、でも司のことを考えると露天風呂よりは室内の部屋の方が安全かもな」
犬神を使って覗きを行ってくる変態ではないと信じたいところであったが、芽衣は部屋に着くなり即行で朱理を誘って部屋の風呂へと突撃する。もちろん今日の風呂は比較的安全で、言葉に出すのも憚られる生き物などいるはずがなかった。
次話投稿日時 8月12日 11:00




