孤立Ⅻ
それと入れ替わる様にしてムクが音もなく背後から現れる。
「あら、さっき戻るって思念を送って来たけど、案外早い到着ね」
『それはいい。何だアイツらは?』
「何って、一時的なあなたの後輩よ。あの数なら十分に余裕があるから問題ないでしょ?」
「そういう意味では――――」
そこまで言って、ここが旅館の目の前だと思い出すムク。近くから自動ドアの動く音が聞こえて来たので、口を開けたまま固まってしまうった。
仕方ないとばかりにゆっくりと口を閉じたムクだが、その目は後で詳しく話してもらうと言いた気だった。
「とりあず、暑いし中に入りましょう。ついでにお風呂にでも入って汗を流さないと」
「そうだな。その前に二人を連れてきてよかったか。問題なく部屋が使えるか。その確認だけは済ませておきたいところだな」
ここまで来て旅館を閉鎖となれば面倒なことこの上ない。その場合は乾邸に厄介になる可能性が出てくるが、果たしてどちらがいいのかは判断がつかない所だ。
自動ドアを二つ通ると、朝に比べて大分人数は減少しているが、それでも受付に人が並んでいた。その中に連二と美香の姿は見受けられない。裏の方で何かしらの仕事や連絡をしているのは、容易に想像がつく。
ここで事務室に行くという手もあるが、そんなことをすれば他の迷惑な客が乗り込んでくるということも考えられる。まずは一度黙って、通り過ぎるのが吉というもの。並んでいる人にも限りがあるのだから、いつかは人がいなくなるはずだ。
「はー、お父さんとお母さん大丈夫かな?」
「問題ないだろ。何せ他の旅館やホテルが赤字とかでヤバいってなってる時期も、しっかり部屋を埋めてたんだぜ? 父さんはどうかわからないけど、母さんはやるときにはやるどころか。常にやる女だからな」
朱理の心配に対して、善輝は即座に返答する。それは息子として親を信頼しているようにも見えるし、兄として妹に不安を感じさせないようにと虚勢を張ってるようにも見えた。
このまま旅館が潰れたら、などという最悪の未来が過ぎってしまうのも無理はない。それを朱理の為に胸を張って言う姿に、久陽は善輝の成長を感じられずにはいられなかった。
「さ、とりあえず荷物を置いて、大浴場に行くぞ。今なら誰も入ってないだろうからな。たまには男同士で語り合おうじゃないか」
「ちょっ!? 兄さん! 頭を急に撫でてなんすかいきなり!?」
「はっはっはっ! 照れるな照れるな。なんなら、頭洗ってやろうか?」
「それくらい、自分でできますって」
若干、騒がしい二人に芽衣は気恥ずかしさを覚える。何組かの旅行客の視線が集まっていたからだ。
「あの馬鹿……」
久陽の変に陽気なところは知っているが、タイミングは選んで欲しい。そんな気持ちからエントランスの視線を避けるようにして外の方へと顔を向ける。ガラスの向こうは、相変わらず太陽の日差しの強さを物語るように、照明に負けない光量を照り返していた。
その隅に芽衣はこちらを見ている人影を発見する。物陰からじっと観察するような仕草はストーカーか、ドラマの探偵か。いずれにせよ、その男の容姿には少しばかり見覚えがあった。
芽衣の視線に気付いたのだろうか。その人影は素早く物陰に身を隠す。睨みつけるようにして、再び姿を現すのを待っている芽衣であったが、後ろから声がかかった。
「お姉ちゃん! エレベーター来たよ!」
「――――今行くわ。」
視線を外さないようにエレベーターに向かう芽衣。時折、入口の場所を確認しながら背後を気にするが、最後まで男は姿を現さなかった。
エレベーターの扉が閉まると、芽衣は大きく息を吐く。
『どうした?』
「――――犬伏の奴がいた」
隠しても仕方がない、と芽衣は明らかに面倒そうな表情で吐き捨てる。
金髪のオールバック、その時点で嫌な予感はしたが、一瞬見ただけでも何となく雰囲気で、それが犬伏司――――自身を口説いてきた男――――であると気付いた。




