孤立Ⅺ
その光景を目の当たりにして、久陽たちは互いに顔を見合わせる。
アプリも通じないということは、あらゆる通信回線がほとんど使えないということだ。そうなってくると情報の入手方法はテレビくらいしかないだろう。
もしかすると、テレビですら映らなくなる可能性もある。
「電気・水道・ガスまで止まるってことはないよな?」
「どうかしら、道が裂けてるのよ。下にある水道管とかが無事である何て保証はどこにもないわ」
この後も、同じことが起こり続ければライフラインが途絶する。そうなれば、かなり長い期間、制限された避難生活を送ることになる。仮に自衛隊が来たとしても不便なことには変わりない。
可能ならば、これ以上何も起きていてほしくない。四人ともそんな思いを抱きながら道を曲がり、旅館へと辿り着く。入口の手前で芽衣は振り返るとプードルたちに呼びかけた。
「あなたたち、ありがとう。後はあなたたちを成仏させてあげないとね」
『そのことなんだけど、もう少しだけここにいていい?』
「理由を聞いてもいい?」
一匹だけそわそわしながら前に出て芽衣に問いかける。他の犬たちは成仏する気満々だったのか、互いに顔を見合わせて首を傾げている。
『ここにくるとき、ぼくたちがなくなったってかんばんをみた』
「――――っ!」
思わず息をのんだのは一体誰だったか。全員かもしれないし、一人だけだったかもしれない。
少なくとも久陽は、その言葉で初日のことを思い出していた。何気なく海岸沿いを歩いているときに交差点近くの電柱で、交通事故の張り紙を見たことを覚えていた。確かその内容は――――
『ほんとうのあるじも、そのときになくなってるってかいてあった。いままではわからなかったけど、あなたとけいやくしたから、よめてしまうし、わかってしまう』
後ろの方で他のプードルたちが本当かどうかと騒ぎ立てる。幸いにも近くに人影はなく、多少、声を出したところで怪しまれることはないだろう。
フウタが旅館の中から出てくる人がいないかを注視している間、プードルに芽衣は問いかける。
「それで、あなたはどうしたいの?」
『ぼくたちみたいにあるじがさまよってるなら、みつけてあげたい』
「そう……」
難しい話だ、と率直に芽衣は感じた。芽衣たちはあくまで犬神使いであり、霊能力者ではない。従って、いつでも浮遊霊や地縛霊を見ることができるわけではなく、あくまで犬神を通して認識しているだけだ。彼らが自分たちを通して日本語や文字を理解するのと同じように。
つまり、彼らが見つけられるのならば可能ではある。逆に言えば、彼らの本当の主人が成仏してしまっていたら、それを確かめる術は芽衣たちにはない。それこそ恐山のいたこに霊を呼び出してもらうくらいしか方法はないだろう。
「条件があるわ」
『――――いいのかい?』
犬神としての契約を延長する。その方向で話が進んでいることにフウタは思わず心配する。芽衣の配下における容量オーバーというよりは、単純なエネルギーの負担の問題だ。五匹以上の犬神を同時に扱っているという状態は、その分だけ疲れやすい。
ムクがいたならばフウタ同様に確認をするか。或いは止めていただろう。
「期限は今日の日没まで、散策するときは二匹で一組、怪しいものを見つけても近寄らないし、持ち帰らない。そして、この建物から遠くに行きすぎない。ここまでは?」
『だいじょーぶ』
「続けるわね。あなたたちのご主人様を見つけても同じ。勝手に近寄ったり、呼びかけたりしないこと」
張り紙や看板があるということは、事故が起きてからそんなに時間は経過していない。ただ人の霊は性質が悪い場合、数日で悪霊化することもあると聞く。そんな物に近づけば、犬神であっても傷付く可能性は否定できない。
「だから何か怪しかったり、ご主人様っぽい姿を見かけたりしたら、私に連絡すること。できるかしら?」
『――――できる』
「よし、じゃあ約束よ。ペアを組んだら行ってらっしゃい」
するとプードルたちは瞬く間にバディを作り、走り出す。まずは、事故現場へと向かうつもりなのだろう。全員で同じ道をものすごい速さで駆けて行った。




