孤立Ⅹ
川の近くまで来たら、腕を発見した犬が橋の手前で待っていた。頬を引き攣らせながら近づいていくと、既に腕は川へと放棄したらしい。もう一匹は下流にいるため、合流するべく遊歩道沿いに下って行く。
「結局、ここに来るまでに変な物は見かけなかったですね」
「そうね。もしかすると本当に低確率で起きた天災という可能性も否定できないけど、どちらにしても警戒は研いちゃダメ」
芽衣がプードルたちを更に次の川の方へと偵察に行かせる。旅館までには計三つの川がある。残りの二つに異変が見つかる可能性もゼロではない。
少なくとも旅館に着くまでは、警戒と同時に情報を収集しつつ、自分の目で確かめることは決して無駄にはならないだろう。
「しかし、あっついですね。これじゃあ、コンビニの飲み物は売り切れてそうっす」
「そうだな。それだけじゃなくて、アイスとかも全滅だろうな。いや、食べられるもの全部なくなってるかもしれん」
乾家に行く前に見たコンビニの状態を伝えると善輝は更に顔を歪ませた。
「せめて、脱水症状になった時の為にスポドリを一、二本は確保しておきたい……」
「うーん。厳しいな。なにせ、この渋滞で全員が買って行ったら、制限販売しない限りはなくなるのは目に見えてるからな」
額から汗を流しながら久陽は海の方に目を向ける。
昨日まで賑わっていたはずの浜には誰もいない。観光客は我先にと市外への脱出を試み、住民は警戒して外出を控えているのだろう。もちろん、コンビニやスーパーに買い出しに行っている人もいるだろうが、少なくともこんな時に子供が海で遊ぶと言って許可する親はいないはずだ。
二本目、三本目の川を渡り終え、久陽たちは少しばかり肩の荷が下りる。すべてを精査したわけではないが、危険だと思われるものは発見できなかった。
国道沿いには車がずっと並び、未だに道路が復旧していないことを示している。一時間ほど前に通ったコンビニには、まだ人が大勢詰めかけて行列を作っていた。
「うわあ、マジで人がいっぱい並んでる。こりゃ、無理だ……」
善輝が肩を落とす傍ら、久陽は反対側を見て唖然としていた。
助手席や後部座席が空なのは理解できる。同乗者が元々いないか。いたとしてもコンビニに何かを買いに行っているのだろう。だが、エンジンがかかった状態で運転席まで人がいないというのは法律違反にもほどがあるし、不用心すぎる。
「(おいおい、いくら購入制限がかかったとしても車を置いて買いに行くか? せめて一人は乗ってないとまずいだろ。おまけに暑いからってエンジン駆けて冷房をつけたまま出たら盗まれても、文句は言えないぞ?)」
鍵がない状態で車のエンジンをどうやって付け直すかは知らないが、バラバラにして売り捌くような輩もいるはずだ。歩きながら他の車も見てみると、そのような状態の車が他にも散見できた。
非常時とはいえ、普段は絶対見ることがない光景に朱理も気付いたようだ。
「大丈夫かな? 誰もいない車が何台も……」
「こういうものは自己責任よ。でも、動き出したらこの車の人たちはどうするのかしらね。他人に迷惑をかけるのだけはやめてほしいわ」
理解はするが肯定も否定もしない。ただこの後に起こる可能性についてだけ芽衣は述べる。すると、その横を一人の女性が通って、今まさに話していた誰もいない真っ赤な車へと乗り込んでいく。
「あれ? ちょっと、誰もいないじゃない!? どこに行ったのよ? 私が戻ってくるまではここにいるっていったのに!?」
急いで携帯を弄っているようだったが、彼女の携帯も久陽たち同様に不通だったようだ。通信局が落ちているならば、どう頑張っても祈っても電話は繋がらない。
「アプリでも通じないってどういうことよ! もう!」
どうやら、別の回線経由でアプリの通話機能を試そうとしていたのだろう。それもダメとわかると女性は諦めたように背もたれに体を預けた。
次話投稿日時 8月12日 9:00




