孤立Ⅸ
曲がりくねった坂道を降りると、芽衣は二匹のプードルに指示を飛ばした。
夏場の霊的な現象は水場で発生することが多い。特に今はお盆の時期でもある。それ故に、先に最寄りの川へと偵察を飛ばして様子を見ておくのは、当然と言っていいだろう。
「さっきはムクだけで、そんなことさせる余裕が無かったからね」
「悪いな。俺じゃ頼りにならなくて」
「そ、そんなこと言ってないでしょう!?」
久陽は冗談のつもりで言ったのだろうが、芽衣にとっては致命的な一撃だ。思わず語気を強めてしまう程に。その言葉に久陽は勿論、乾兄妹。果ては近くを通った人も何事かと振り返る。
「お、痴話喧嘩か? いいぞ、やれやれ」
近くを通った三人組の高校生の一人が囃し立てる。すると、芽衣の頬が少しばかり朱に染まる。それを見て、残っていたプードルたちが二人の間に集結した。
『いじめた?』
『いじめた』
『あるじのてき?』
『てきっ!』
小さな声でひそひそと相談するプードルたち。犬神になった時点で人の言葉を話せるようになり、同時に自分たちが霊的存在であると自覚している。その為、ムクやフウタ同様に周りに存在を知られるような行動はしてはならないことも理解していた。
その上で、久陽は攻撃をしてもいい存在だと認識されそうになっているのは、見た目に反して危険な状態であった。
『落ち着け。ただの言い合いをいちいち本気にするな。お前たちがじゃれて甘噛みするのと同じだ』
『そうなのかー。じゃあ、あるじはこのオスにあまえたいのかー』
「なっ!?」
フウタと違い犬神になりたてで人間の習性や所作への理解は薄い。それ故に、出た言葉は犬の視点としての意見だったのだが、フウタもこれには苦笑いをせずにはいられなかった。
見上げれば熱中症にかかったのではないかと誤認するほど、顔が真っ赤になっている芽衣がいる。はてさて、どうしたものかと様子を伺っていると朱理が唐突に前の方を指差す。
「あれ。あの子たち戻って来たよ?」
「え? あ、ああ、犬神になったばかりだと離れた状態での視界の共有とかはできないのよね。それに、この子たちにはあくまでお願いしているだけだから――――」
振り返った芽衣は絶句した。
とても誇らし気な顔で意気揚々と駆け寄って来るプードル。それだけならば、何かいい知らせを届けに来たのだろうと考えることができる。
だがしかし、その口元にぶら下がっている物を見れば即座に、その考えは打ち砕かれるであろう。その口に咥えられていたのは人の腕らしきものだった。
霊の体が千切れるのか。咥えて持ってこられるのか。色々と疑問に思うことはあったが、それよりも全員が思ったのは、その不気味な物体をこれ以上、近付けてほしくないという一点だけだ。
「おし、よくやったけど……それは元あった場所に戻しておいで。お前の主がちょっと困っちゃうから」
『そうなの?』
久陽は静かに屈んで周りの一般人には違和感がないように呟く。するとプードルは首を傾げて芽衣に確認の視線を送る。その際に、異様な膨らみとはみ出た骨が見える腕がブルン、と大きく揺れた。これが本物だったならば、強い死臭が漂っていただろう。尤も、霊の存在を知覚できる久陽たちは、多かれ少なかれその感覚を受けてしまう。
息を止めて無言で頷く芽衣の姿を見ると、プードルは残念そうにしながら、元来た道を戻って行った。その背を見送った芽衣は、息が続く限り止めた後、限界ギリギリのところで呼吸を再開する。膝に手をついて、肩で息をしているのは、相当その感覚を受けるのが嫌だったからだろう。
「……あれはきつかったですね。ああいうのは俺たちでも普段は見えないですが、ムクやフウタが触れたり、強く意識したりすると、どうしても認識しちゃいますから。」
流石の善輝も人の千切れた腕を見るのは今までになかったみたいで、口元に手をやっている。そのまま鼻を塞いでいるあたり、彼もその臭いをまともに吸いたくはないのが見て取れた。




