孤立Ⅷ
チラリ、と久陽の方を芽衣は盗み見るが、その表情には嫌悪の色も何も浮かんでいないように見えた。むしろ、プードルを興味深げに見つめ、許されるならば触ってみたいという少年のような瞳にすら見える。
芽衣の視線に気付いたのか。久陽は顔を上げると何度か瞬きして芽衣の動向を伺う。ただ、芽衣としては自分の能力についてをどう思っているか聞き出すわけにもいかず、すぐに前を向いた。
「さ、さあ、さっさと向かいましょう。こんなアスファルトの上にずっといたら蒸し焼きになっちゃうから」
「頑張れば目玉焼きくらいできそうですからね。食べる気にはならないっすけど」
帽子を脱いで扇ぐ善輝は気だるげに太陽を見る。
突き刺すような光を放ち、空に浮かんだ雲はより一層白く輝いて見えた。せめて、雲がもう少し厚いか広がっていれば、少しは日差しも和らぐというものなのだが。
「言っておくけど、目玉焼きは炎天下のアスファルトでも固まらないぞ。車の中だったら最大七十度を超えるからギリギリ焼ける。」
「え、久陽さん。やったことあるんですか?」
「いや、昔どっかの馬鹿が自由研究でやってた。真面目にふざけるを地で行く奴でな。ああいうのは世間に潰されるか。或いは偉業を成し遂げるかのどっちかだと思ってるが、あいつは絶対後者だな」
脳裏に今ではどこにいるかもわからない友人の顔を思い浮かべながら久陽は苦笑する。中学も高校も卒業すると友人と出会う機会は驚くほどに激減する。そう考えると親戚とはいえ、こうやって談笑できる三人と定期的に出会えるのは、実に希少なことなのではないのか。
若干、トラウマになっていた芽衣とも、非常事態でなければ海に行くということもできていたのだ。もう少し歩み寄ることも大切だと自分に言い聞かせる。
「(ただ……時々こっちを避ける様な雰囲気があるんだよな。ま、俺の方がそういう身構えた感じでいるから、あっちもそうなっちまうんだろうけど)」
そればっかりは仕方ない、と大きく深呼吸をして先頭の芽衣とそれについていく乾兄妹の後ろに陣取る。身体強化の法は継続している為、万が一、奇襲が合っても即座に対応できる。また、仮に後ろから攻撃されても他の三人よりは素早く対応ができるはずだ。
深森稲荷神社の前を通り過ぎながら久陽は左右を警戒する。
「(――――何だ? 前に来た時と何かが違うような気がする)」
久陽は思わずその神社を見上げる。風が吹き抜け、ざわざわと何かが囁いているように聞こえるのは、そこが神社という特別な場所だからだろうか。
錆びた鉄の手摺越しに赤い旗と注連縄の紙がはためき、やたらと神社の存在を主張しているようにも感じられる。思わず足を止めて見ていた久陽は、そのさらに奥。神社の本殿の奥で何かが光っているように見えた。
「――――ちょっと、あんた。何ボーっとしてんの? 置いてくわよ。それとも置いて行って欲しいのかしら?」
「あ、ああ、悪い悪い。少し変な物が見えたからさ。」
『変な物?』
フウタがものすごい勢いで駆け寄って来る。
『何を見た?』
「いや、神社の本殿。ほら鈴を鳴らすところのさらに奥の格子の向こう側で、何かが光ってるように見えてさ」
『……何もないな』
地面からは見にくかったのだろう。久陽の背中側に回ると一瞬で攀じ登っておんぶした状態になる。犬神は霊体なので重みを感じることなどはあまりないのだが、乗られていると認識すると本当に犬一匹分の重みがあるように感じてしまう。
だが、そこまでして確認したフウタの結論は何もなし。久陽ももう一度神社の方へと視線を送ってみるが、彼の言う通り何も光は見えない。
『夏の日差しが強すぎて、何かに反射した光を誤認したのだろう。そもそも、あそこに何かがあるのならば、この前にここを訪れた時点で気付いているはずだ』
「それもそうだな。すまん、手間を取らせて」
見間違えではないと内心思いつつも、謝罪の弁を口にするとフウタは飛び降りてそれを否定する。
『いや、こういう緊急時ほど、そういう違いに気付くことは大切だ。特にその眼は、普通の犬神使いよりも多くの物を見れる。ムクでも芽衣でも見れないものが。だから、しっかり周りを見ておいてほしい』
「そうか。そう言ってくれると気が楽だよ」
久陽はそう言って芽衣たちの下へと足を踏み出す。
その場所から死角になる木の影。そこにはまだこれからが夏本番だというのに、多数の蝉が仰向けで転がっていた。




