孤立Ⅶ
支度を整えた乾兄妹と共に家を出ると、さらに温度を増した空気にさらされて顔を顰めたくなる。
遠くでは車のクラクションが鳴る音が響いており、未だに渋滞が解消されていないことを再確認させられる。
空を見上げれば、綿菓子のような雲がゆっくりと流れ、地上の混乱具合とは全く正反対な様を見せつけていた。
「やっぱり……家の中に居たかったかも、です」
「朱理、諦めなさい。それよりは、旅館に着いたら汗を流すことでも考えましょ。流石に、この汗をかいたままでクーラーなんて浴びたら風邪を引いちゃうから。」
手で顔を扇ぎながら芽衣は辺りを見回して、ため息をつく。
その様子を見て久陽もまた同様に左右を確認すると、五、六匹の犬の霊がトボトボと歩いているのが見えた。すべて同じ犬種、同じ毛色、同じ体格であった。
視線を戻すと、芽衣もまたその犬たちをじっと見つめていた。
「もしかして、やるのか?」
「あら、よくわかったわね。そうよ。万が一のことを考えて、味方が多いに越したことはないでしょう?」
そう言うと芽衣は、その犬たちの方へとゆっくり近づいていった。
犬の霊たちは気付いていないようで、そのまま崖側のガードレール沿いに歩き続ける。時折、何匹かが顔を上げて海の方へと目を向けるが、それ以上は何もすることはなく再び下を向いて歩きだす。
「あなたたち、ちょっといい?」
『――――? ――――!?』
芽衣が話しかけると一瞥するが、即座に自分たちが見えていることに気付いたのか。犬の霊たちは一気に後退する。ボサボサの毛が、僅かに逆立って見えるのは、気のせいではない。
「ずっとその姿のまま誰にも気づかれずに歩き続けてたんでしょう? 自分の飼い主を探したままってところかしら」
犬神を扱う者は犬の言葉を理解できるし、理解させることができる。だからこそ、人が自分たちに呼びかけて来ていて、それが理解できることに犬の霊たちは混乱しているようであった。
お互いに身を寄せ合い、先頭の一匹は牙を剥きだしにして明らかに威嚇をしている。その姿に苦笑しながらも芽衣はしゃがんで手の甲を離れたところに差し出した。
「あなたたちの飼い主を見つけることはできないけど、ただひたすら彷徨い続ける日々からは解放することができるわ」
『――――!』
芽衣の言葉に反応を見せる犬たち。それもどちらかというと期待の眼差しの籠った目だ。
「私のお願いはあそこの海の近くにある建物に着くまでに護衛をしたり、変な物がいないか見てもらったりすること。辿り着けたらあなたたちを成仏――――この世界をずっと歩き続けなくてもいい安心できる世界に案内するわ」
芽衣は目の前の犬たちが浮遊霊であると見抜いていた。
浮遊霊は事故などによる突然の死を受け入れられなかったり、気付かなかったりした霊の一部がなるもので、彼らもまた散歩中か何かに車に轢かれてしまったのだろう。恐らく、全員がまとめて亡くなったのならば、それを率いていた飼い主も同じ末路を辿った可能性が高い。
目の前のプードルたちがどれだけ長い間苦しんだのかを想像すると、それだけで芽衣の心が張り裂けそうになる。
じっとしていたうちの一匹が、ゆっくりと進み出て芽衣の手の甲の臭いを嗅いだ。すると一拍置いて短くワンと鳴く。するとプードルたちの体が薄い赤色に包まれる。
「そう、じゃあ契約成立ね」
「上手くいったみたいだな」
いつの間にか近づいていた久陽が後ろから声をかける。
既に先程までいたやつれた犬の姿は消え、毛並みも体も見違えるほどに良くなっていた。契約して犬神となったものたちは、術者からの気を受け取ることで最盛期に近い姿を取り戻し、能力は生物としてのくくりを逸脱する。
そして、先頭の一匹がおもむろに口を開いた。
『苦しみから解放してくれるのならば、私たちはあなたの力になります。どうか、よろしくお願いいたします』
「凄いです。芽衣お姉ちゃん。一度にこんなに犬神を使役できるんですね! 前に見せてもらった時は三匹同時だったのを覚えてます」
「あー、うん。ちょっと誤解があるけど、そうなのよね」
芽衣は少しバツが悪い表情をしながら朱理の称賛を受け流す。他人にとっては希少な能力と才能ではあるが、芽衣にとってはあまり胸を張ることができない過去を作ってしまった力だったから。




