孤立Ⅵ
久陽も自分の携帯を取り出すが、同様に圏外を示している。
交通網の次はインフラ系が止まり出しそうなことを考えると、あまり悠長なことは言ってられない。
だが、自分たちに出来ることはたかが知れている。可能なのは安全を確保し、長い時間避難できる状態にしておくことだ。
「どうする? ホテルなら連二さんも美香さんもいるから安心だけど、食料とかはここの方が確保できている。できるだけ四人でまとまって動いていた方が良いと思うけど」
「そうね。どちらにもメリットとデメリットはあるでしょうね。二人はどうしたい?」
芽衣が問いかけると善輝と朱理は顔を見合わせる。
数秒悩んだ末に二人が出した結論はホテルに向かうことだった。
「最悪、ここに戻りなさいって言われても問題ないだろうし、お客さんはいなくなり始めてる。ってことは、少なくとも自分たちがいるくらいなら大丈夫だと思います」
もちろん、旅館自体を休業するという判断も下る可能性は否定できないが、身内の大人がいる状況でなら対応がしやすいというものだ。加えて携帯で連絡ができない以上、久陽や芽衣の親がニュースを見て、旅館に電話をする可能性も十分にあり得る。少なくとも、子供しかいない可能性が高いこの家よりは掛かってきやすいはずだ。
『話は決まったな。必要最小限のものをバッグに詰め込んできな。数日分の服があれば何とかなるだろう』
『いや、ついでに飲み物と食べ物も多少は用意しておいた方がいい。途中のコンビニで買えない可能性もあるから』
フウタがテレビの方を見ると、コンビニの駐車場に許容量以上の車が出入りしている光景が映し出されていた。車道の車からも助手席から人が降りて駆けこんでいく姿が見られる。売り切れになるのも時間の問題だろう。
「ホテルでやれることはあまりないだろうから、勉強道具も持ってきておけよ」
「「えー」」
兄妹仲良くそろって抗議の声を上げるが、実際に出来ることは少ない。
本当に危険になった場合は市から何かしらの放送や避難指示が出るはずなので、それまでは大人しくやるべきことをやって、事態の推移を見守るしかない。
「ムク。一応心配だから、崖崩れか、道路が割れたところをいくつか見てから旅館に戻ってきて。もし、霊的な何かが原因なのだとしたら、それに対応できる人は限られると思うの」
『――――調べてくるのは百歩譲っていいとして、対処に動くのはやめておいた方が良い。これだけの大災害を起こせる相手ならば、犬神使いの一人や二人じゃ相手にならん』
「そうだとしても、よ。自分の身を守るために情報収集は大切でしょ?」
『……わかった。それなら、先に家を出る。中から外に行く場合は問題ないな?』
『大丈夫だ』
芽衣の言葉にも一理あると、ムクは素直に頷いた。
フウタに結界の安全確認だけ済ませると部屋の窓を透過して、身軽に駆けて行く。その速度は疾風の如く。普通の四足歩行の生物が出す速度を軽く超えていた。
「もし、これを起こした術者がいるとして、この家の結界なら耐えられるか?」
『厳しいと言わざるを得ない』
「そうか。なら、なおさら美香さんたちの所に行かないと」
久陽は腕組みしながら考える。
初日に浴びた穢れ。あれは市内全域に行き渡るほどの勢いがあった。それにも関わらず、実際に被害を受けていたのは久陽たちだけだった。それが不思議で仕方がない。
「(まるで俺たちのような術者を狙い撃つかのような……いや、どちらかというとマーキングか? 自分の計画の邪魔になる者の動向を知りたかった?)」
或いは、最初から狙いが久陽たちであった。
一瞬、そんな考えが頭を過ぎるが、そんな恨みを買う程の事を久陽たちはしたことがない。犬神という、かつて呪殺の術式として名を馳せたそれを従えてこそいるが、殺しの道具に使ったことも無ければ、動物愛護団体に非難されるような犬神の作り方を実践したこともない。
ただ、間が悪く天災の現場に居合わせてしまった。そう信じたい久陽であった。
次話投稿日時 8月12日 8:00




