孤立Ⅴ
「あれ!? 二人とも何でうちに!?」
久陽たちの姿を見つけると朱理は飛び起きて芽衣へと突進する。
しかし、芽衣はそれを片手で制してテーブルに置いてあったリモコンをテレビに向けた。映し出されたのは、まさに久陽たちがやって来るきっかけになったニュース番組。それが今も温水市を上空からヘリで撮影しており、アナウンサーがそれぞれのアップで映った現場の状況を事細かに説明していた。
「え? これ……何?」
「落ち着いて聞いて。今、起こっているのはドラマや映画みたいな作り話じゃない。この現実で起こっていることなの。新幹線や電車は勿論、車の通れる場所も限られていて、大勢の観光客が市外へ脱出しようとしているみたい」
「一体、何が……!?」
善輝はテレビを見たまま呆然と呟いた。それに答えるようにヘリからの映像は崩れた山や罅割れてしまった道路に切り替わっていく。警察を始めとした人々が交通整理や復旧作業を行う姿も見られるが、明らかに一日二日で終わるようなものではない。
門外漢なので誰も口には出さなかったが、土砂を退けるだけでも数日はかかる作業であることが容易に想像ができた。仮にそれを退けることができたとしても、その後の修理、安全確認が済むまでは決して動くことはない。
もし、市外へ出るならば、まだ生き残っている道を車で走るか、或いは海から船で脱出するか。考えたくはないが、最悪、徒歩で逃げるという手も考えなければならない時が来るかもしれない。
『旅館の方は大騒ぎになっていそうだな』
『その通りだ。チェックアウトをしようという客がこれでもかというくらい並んでいた。面倒なことに返金要求している輩もいてな。姿は見えなかったが、恐らく二人の両親もそれで大慌てだろう』
ムクの言葉を聞いて善輝と朱理は顔を見合わせる。
「あー、でも、なんだかんだで父さんも母さんも何とかしちゃいそうだからなー」
「わかる。むしろ、お母さんとかこんな顔しながらも、テンションとか凄い上がってそう」
朱理が眼を横に引っ張って、しかめっ面をしているだろう想像上の美香の顔を再現する。まだ中学生で幼さが残る顔にも関わらず、久陽たちが思わず納得してしまう程に似ているのは、やはり血の繋がった親子ゆえだろうか。
「つまり、このニュースを見て、俺たちが心配になって来てくれたってことですか?」
「まあ、そういうことになるな。ご両親は忙しくて、電話する余裕もあるかわからないし――――そういえば、芽衣から電話がかかって来なかったか?」
ふと、久陽は旅館を出る前に芽衣が連絡を取ろうとしていたことを思い出す。その時点で話ができていれば、ここまで汗だくならずに済んだのだ。ほんの少しだけ恨みがましい意図を含んだ久陽の言葉は、次の瞬間、大きな疑問につながった。
「電話? 誰も今日はかけて来てないですよ?」
「いやいや、芽衣。さっき携帯から電話してたよな?」
不思議そうに首をかしげる朱理と疑惑の眼差しを向ける久陽。その二人の視線を同時に浴びた芽衣は、自分自身を信じられなくなったのか。携帯を取り出して通話履歴を確認し始める。
数秒して、ほっとした顔を見せた芽衣は二人の前に携帯を突きつけた。
「――――ほら、ここに書いてある番号で間違いないでしょ?」
そこに表示されている番号は確かに乾家の固定電話の番号であった。また、その履歴も今日の朝になっている。善輝も気になり、わざわざ、回り込んでまでそれを確認し始めるくらいだ。
「お兄ちゃん。この時間は私たち起きてたけど、電話は一回もならなかったよね?」
「少なくとも鳴った覚えはない。ちょっと、夏とは言えホラーすぎるな……」
『悪いが誰も電話のコール音は聞いてない。もう一度かけてみたらどうだ? 音量がゼロってこともあるかもしれない』
フウタが見つめる先には一台の固定電話。ここに芽衣がもう一度かけて繋がるのならば、それでよし。そうならないのならば、別に原因があるはずだ。
だが、その言葉を受けて芽衣は表情を曇らせた。
「ダメね。基地局かどこかがやられたのかも。或いは、一時的なネットワークの混雑が原因かもしれないわ」
携帯の画面上部には小さく圏外の二文字が浮かんでいた。




