孤立Ⅲ
「あっついな! どうやったら土砂崩れが起こるってんだ!?」
「小さな地震が頻発してたのかもしれないでしょ?」
「人間が感じないほどの揺れであの山が崩れるかよ。絶対、何か変だぞ」
そう言いながら最寄りの国道に出ると、既にそこは車が列をなし、動くのを今か今かと待っていた。近くのコンビニも駐車場に車が入りきらず、多くの人が飲み物や食べ物を購入している。
観光客がどんどん物資を買って出て行ってしまうと、ここに住んでいる人たちの分が無くなるのではないかという心配が過ぎる。
ただ、ここは災害大国日本。数日も復旧に時間がかかるようならば、すぐに国が対処に動くだろう。今は、乾家の住居へと急ぐことを優先した。
「二人が住んでる家って確か――――」
「――――桜見町だ。一昨日行った深森稲荷神社に近い。」
混んでいる道にイライラした表情を浮かべる運転手を尻目に久陽たちは、国道沿いに走り出した。
「近くまでは覚えているけど、確かな位置が思い出せないの。ムク、場所は覚えてる?」
『任せろ。覚えてなくても臭いで辿ってやるよ』
「こういう時、自信満々に言ってくれるからムクは頼もしいな」
『はっ、褒めたって何もないぜ』
軽口を叩きながらもその表情は二人とも真剣だった。夏の暑さに早くも背中を汗が伝う。
だが、元々二人とも運動を長い間続けているタイプだ。その表情に苦しさの色は一切出ていない。
幾つか橋を渡った後、久陽は前を行く芽衣に声をかける。
「そろそろ左に曲がるぞ」
「わかった」
久陽は後を追いながら芽衣の後ろ姿に見惚れてしまった。
緊急事態かもしれない中、不謹慎ではあるが、陸上部だけあって走る姿は整っている。周りにバレない様に僅かに身体強化の法を使っている久陽でも速度が同じ。或いは芽衣の方が僅かに早いくらいだろう。
中短距離を得意とする芽衣だ。短距離だけなら久陽も術式なしで勝つ自信はあるが、千五百を超えたあたりからは勝てる気がしない。そこは彼女の土俵であるため軍配が上がるのは当然と言えよう。
道路の突き当りを右に曲がり、商店街のような場所をさらに加速して走り抜ける。車はここでも渋滞を起こしており、歩道は現地の住民らしき人がちらほら歩いている姿が見られた。間を縫って行くには容易く、すぐに二人はその先にある坂道へと辿り着く。
緩やかに曲がりながら登る道はそれなりにきつく。二人の体力を削る。箱根駅伝のランナーがどれだけ鍛錬を積んでいるかを、まさか真夏に自身で実感することになるとは思っていなかった。
「これ、意外と辛いな」
「馬鹿なこと言わないで。あんたが本気ならもっと早く辿り着けるでしょ」
「人の目を気にしなければな」
芽衣と久陽で各々が考えている本気の意味は精神的なものと術式的なもので、少しばかり違った方向性であったが、結果的に芽衣の言っていることは概ね正しい。
久陽が場所を覚えてさえいれば、さらに速度を上げることができていただろう。もちろん、そこに身体強化の法の全力が加わった場合は、恐ろしいことになるのは言うまでもない。
緑、赤、白と日光を遮る色とりどりのオーニングを潜り、幅二メートルほどの歩道を一気に駆け上がって行く。だんだん多くのマンションが姿を現しだす方角へと二人と一匹は方向転換して、横断歩道を渡る。急ぎながらも左右の安全確認を怠らないのは、まだ二人が冷静であったからだろう。
「ここらは土砂崩れや地割れがないみたいだな」
『油断するな。これから起こる可能性もないわけではない。穢れや呪いといった変な気配は依然として感じないが……嫌な予感がする』
「やめてくれよ。そういうこと言うと本当に起こりそうだからな」
目標になっていた神社が見えてくると芽衣と久陽は速度を落とす。それと同時に今度はムクが先頭となって走り出した。
次話投稿日時 8月12日 7:00




