漂着物Ⅹ
重力に従い落下してくる木箱。それに対して、影犬は一匹が跳躍。残る一匹はその真下へと潜り込む。
高さ一メートルくらいのところで、影犬と木箱がぶつかった。するとまるで水に着水したかのように木箱の速度が一気に落ちる。それに対して影犬の方は、これまた水のように飛び散って姿を消した。
再び、加速を始めようとする木箱。それを残りの影犬が器用に背中で支えて、受け止める。グラリと傾くそれを伏せながらバランスを取り、地面へと潜りながら静かに置いて行く。
木箱が飛んでから数秒の出来事だったが、最初からそこに置いてあったかのように木箱が置かれていた。海水が地面に広がって行く様を見て、先程まで海水に浮いていたのだと実感できる。
「それで、これはどんな感じ?」
『――――悪い感じはしない。いや、むしろ良い方なのでは?』
『そうだな。少なくとも、そこの誰かと一緒にいるよりはマシだ』
「おい、何で俺の方を見て言うんだよ。木箱以下か、俺は」
久陽が抗議の声を挙げる中、二匹は警戒しながら何度も木箱の臭いを確かめる。中身が何かを推測しているようだが、ついにムクが面倒になったのだろう。木箱の上に前脚を置いて、貼ってあるお札を見始めた。
『ダメだな。海水で書かれた文字が霞んでやがる。だが、見た目以上に丈夫そうだ。身体強化の法と同じ要領で、木箱に耐久性を向上させる術でもかけてあるのか?』
『臭いは微かに漏れているみたいだね。鼻が鈍ってなければ食べ物のような臭いだと思うんだが……』
フウタも自信がないのか一度離れて、訝し気に木箱を見つめる。
「害はない、と思うんだけどな」
海水から引き揚げてからは、輝きが少しばかり薄れている。もしかするとムクが言っていた術というのは、海水から木箱を守るためのものだったと仮定すると辻褄が合わなくはない。
ただ問題は、だれが何の目的でこれを海に流したかだ。一昔前なら瓶の中に手紙などを詰めて流すという人もいたらしいが、この規模でやる人間はなかなかいない。
「ここらで難破したとか、座礁した船の積み荷っていうわけでもなさそうね。少なくとも日本の海域では、そういったニュースは流れてないみたい」
芽衣が携帯をしまいながら、木箱へと近づく。顔を近付けてみるが、お札はムクの言う通り滲んで読むことは難しい。写真で文字自体は映っていたと勇輝は言ったが、これでは解読も不可能に近いだろう。
辛うじてわかるのは、寺か神社系列のお札なのではないだろうかということくらいだ。少なくとも、日本国内のどこかから流れ着いた可能性が高い。
もちろん、漢字だけが書かれていることから中国の可能性も否定できないが、距離的にも難しい所だ。
「とりあえず、このままここに置いて行くのは――――って、美香さんからだ」
久陽は携帯を取り出すとそこに書かれていた言葉に不安と安堵が入り混じった感情を覚えた。
書かれていた言葉は単純で、旅館の受付まで届けてほしいの一言。わざわざ美香が対応しなければいけないとなると事が大きくなるのではないかと思う反面、旅館内に持ち込んでも大丈夫ということに安心してしまう。
久陽はとりあえず、その返信を伝えると意を決して、木箱へと触れた。少しばかり磯の臭いがしたが、貝などの付着物は一切なく、また持ち上げた側からすぐに湿り気が取れていくのが感じられた。
「だ、大丈夫なの?」
「わからん。けど即死するとか呪われるとか、そういった感じはあまりないな。むしろ、その逆まであるかもしれない」
勢いをつけて胸の辺りで抱えると、中に入っていた物が動く音が聞こえた。ゴトリという音もあれば、ガサリという音も聞こえ、硬い物も柔らかそうなものも入っているようだ。
『御託はいい。さっさと運ぶぞ。何かあってからじゃ遅いんだからな』
「あれ? ムクが久陽さんを心配してるなんて珍しい。」
『あ!? そんなんじゃねえよ!』
「照れ隠し照れ隠し―。久陽さん、それじゃあ旅館までお願いしますね。」
朱理はムクから逃げるようにして駆けていく。一瞬、久陽とムクの視線が交わった。
『違うからな!』
「ハイハイ」
『ハイは一回だ!』
それなりに重い木箱を抱えたままでは辛いので、ムクの言葉を聞き流しながら久陽は歩き出す。何か足元で抗議の声が聞こえるが、きっと気のせいだろう。
隣では芽衣が不安そうに見ていたが、気にするなと一蹴して、久陽は木箱を見つめる。
――――まさか、後にこれが自分たちの命を救うことになるとは思ってもいなかった。
次話投稿日時 8月12日 6:00




