漂着物Ⅸ
防波堤に近づくと、その物体の正体が芽衣たちにも見えて来た。
ただし、久陽が見たものと違って、光は一切放っていない。どういうことかと久陽を訝しむが、久陽はそれでも主張した。
「いや、俺には光を放ってるように見えるぞ」
「そうなると、何かしらの術式がかかっていると見た方が良いのかしら」
久陽が見ているものが何かわからない以上、芽衣たちが推測するにも限界がある。それ故に全員で、もう少し近づいて観察してみることにした。
波に揺られて次第に近づいて来るそれは、木箱のようであった。大きさはおおよそ久陽が何とか両手で抱えられるくらいのもので、海水に濡れているにもかかわらず、上面には剥がれることなくびっしりとお札が張られていた。
「……あれ、ヤバいわよ。私たちじゃなくても、絶対に触りたくならないやつだわ」
「オカルト好きなやつが俺の友人にもいますけど、流石にあのレベルになるとそいつでもドン引きしそうですね。ギリギリ写真撮ってSNSに上げるくらいかな?」
善輝も芽衣と同様、早く離れるべきだと主張する。
だが、久陽はそれが気になるようで上着に入れていた携帯を取り出すと写真を撮って、美香へと送信した。
「一応、お前らのお母さんなら何か知ってるかもしれないし、写真だけ送っといた。お札に書かれた文字もわかるようにしたから何かヤバそうだったら、教えてくれるだろ」
「うーん、お母さんなら大抵のものは大丈夫でしょって片付けちゃいそうな気がします」
「母さんだからなー」
兄妹揃って顔を見合わせると微妙な表情を浮かべる。その横でフウタが善輝のふくらはぎに前脚を置いた。
『善輝、ちょっとお前さんの影犬でアレを引き上げてごらんよ』
「え、俺がやるの!? 呪われたらどうするんだよ!?」
『その時はその時だ。少なくとも、あれからは嫌な気配がないからね。ムクもそう思うだろう?』
『ああ、そうだな』
フウタの言葉にムクも言葉少なく頷く。
だが警戒はしているようで、ずっと木箱から目を離さないでいた。木箱は波に揺られながらも久陽たちがいる防波堤に近づき、ともすればその目の前を横切って行きそうな気配すらある。
早くしなければ、と全員の視線を浴びた善輝は観念してバッグを地面に下ろした。
「ああ、もう、わかった。わかりましたよ。やればいいでしょ、やれば!」
『いい子だ』
善輝は目を瞑ると夕日を背に、クラウチングスタートをするかのように両手を置いた。そこには自分の長く伸びた漆黒の影があり、その中から何かを引っ張り出すような動きに見える。
「――――来い」
小さく呟くとそれぞれの手から波紋が広がって行く。硬い地面に投じられた影が波打ち、手を上に勢いよく持ち上げると同時に真っ黒な犬が姿を現す。シルエットはムクたち同様だが、表面はのっぺりとしていて生物の気配を感じない。
また、目の前にあるというのに存在感が希薄で、手を伸ばせば通り過ぎてしまうのではないかと錯覚してしまう程だ。いや、事実、影犬に手を触れることはできない。触れることができるのは、善輝が許可を出した時か、気などの籠った武器や術式で攻撃した時のみである。
「行け!」
右手を横一文字に払うと影犬たちは一気に空中を飛び上がり、防波堤の影の中へと溶けるようにして消えていった。木箱もまた防波堤の陰にあり、影犬たちの効力の効果範囲の中にある。
一秒、二秒、と時間経過していく中で変化はなかなか現れなかった。しかし、十秒も経つと不自然に木箱が久陽たちの下へと移動し始める。防波堤の真下まで来ると、ガタガタと何度かぶつかり音を立てていた。
「お兄ちゃん、この後どうやって上まで――――」
「どっせーい!」
「きゃああ!?」
善輝が急に叫ぶと、木箱が勢いよく空中に打ち上げられた。防波堤を優に超え、久陽たちの真上数メートルにまで達する。
「おーい!? 上げすぎだ! 木箱の中身が壊れて飛び出るぞ!?」
「そんな雑なことしませんよ。見ててください!」
善輝が指を鳴らすと影犬が二匹、いつの間にか木箱の真下でスタンバイしていた。




