漂着物Ⅷ
全員がおかしな動きをしたが故に、久陽は首を捻る。周りに自分たち以外ほとんどいないことを確かめて、二匹へと問いかける。
「体を軽く動かすと血流も良くなって、心も落ち着く。良いことだろう? ムクやフウタも散歩によく行ってたからわかるんじゃないか?」
『否定はしないが、俺たちが思ってたのとは少し違ってだな……』
ムクもどう言葉を返せばいいか悩んだ挙句、面倒になって言葉を濁したままフウタへと視線を送るが、そのフウタも苦笑いをするばかり。
返って来ない言葉に久陽は、もう一度周りを見回して人がいないことを確認する。少なくとも近くにいるのは久陽たち同様に旅館に帰ろうとしている人か、水着にはならずともデッキで海を眺める人くらいだ。
ちょっと離れた所には遊覧船の搭乗口があるが、その運行時間は久陽たちがホテルを出た時点で終了していた。従ってムクたちが口を噤んで警戒するほどの人の多さではない。
「ま、散歩だけじゃなくて、他にもできることはあるからな。夏と言えば花火だってあるし」
「そうだ。今年の花火の打ち上げっていつだっけ? 朱理ちゃんわかる?」
一年を通して、海上花火大会が行われる温水市。その歴史は五十年以上もあり、未だにそれを目当てに訪れる観光客が後を絶たない。特に夏は花火シーズンということもあり、その開催頻度も多く、大盛況であるのは間違いなかった。
「うーん……確か、回覧板とかポスターには十九日って書いてあった気がします」
「うっ……じゃあ、残念だけど、私たちの滞在中は見られないってことね。……ほんっと残念」
一度目の前にぶら下がった餌という物はなかなか脳裏から離れないものだ。それは芽衣も同じだったらしく、何やら目を瞑って天を仰ぎ出す始末。
乾兄妹はいつでも見れるが、久陽と芽衣に関しては一年に一度見れるかどうかという物だ。久陽は今までに何度か見ていることもあって、見られたらいいなくらいの気分であるが、芽衣は違うようであった。
「おいおい、そこまで落ち込むなって。確かに俺たちの勉強合宿は一週間程度だから、十九日までいるのは無理だけどさ。大学合格してから、また見にくればいいだろ。チャンスはこれから何度でもあるって」
「そうだけどー、そうじゃないのよねー」
芽衣は何とも言えない声を出しながら左右に揺れる。
その様子に久陽は数年前の芽衣の姿を思い出す。何かどうしてもやりたいことがあるけれども、できない時にこうやって芽衣は体を揺らす癖があった。昔から我慢強い方ではなかったはずだが、いつからだったか、こんな動きをするようになった。
原因は何だっただろうか、と思いながら久陽は話題に上がった海上花火の行われる辺りへと目を向ける。当日の正午になると多くの人が設営で蠢いていたのを覚えている。今、歩いているあたりにも出店が並び、まさにお祭りといった様相を呈していたはずだ。
「――――ん?」
三つ目のデッキへと差し掛かり、旅館までもう少しというところで、久陽の視線がさらに向こうの海の方へと向けられる。変な男たちのことを警戒して身体強化の法をかけたままだったが、その視界にやたら光を放つ物体が海に浮かんでいるのが見えていた。
「何だ……あれ」
『どうした。また変な人影でも見つけたかい?』
「いや、あっちの方の海にやたら輝いてるものがあるから何かと思ってな」
フウタに答えると、みんな一斉に久陽が見ている方へと注目する。ただ、かなり離れているせいかすぐに見つけられる者はいない。
「えー? 全然見えないですよ?」
「海が太陽の光反射して、どこも光って見えるから、わからないっすねー」
乾兄妹はどちらも目を凝らして探しているがどうにも見つけられないらしい。その姿を見てムクは少しばかり顔を顰めた。
『お前、俺たちでも見えないような犬の霊とかを見つけるからな。その目で変な物を見てないと良いんだが、放っておいて何か事件になったら寝覚めが悪い。案内しろ』
「わかった。こっちだ。だんだん、海岸……いや、あの様子だと出っ張った岬の部分に来そうだな。防波堤になってるところだ。」
久陽の案内に従って、旅館を通り過ぎて、防波堤へと向かう。その後ろ姿を建物の影からホスト風の男が覗いていた。
次話投稿日時 8月11日 19:00




