漂着物Ⅳ
二人組の男だけでなく、芽衣まで目を丸くして驚いてしまっていた。
この中で唯一状況を把握できていたのは、冷静に周囲を観察していたムクだけだ。
『(この馬鹿。衆人環視の中で堂々と身体強化の法を使いやがった)』
強化された肉体で、一気に堤防の壁を駆け上がり、そのまま着地した。言葉にすれば簡単だが、それを傍から見た人は何事かと驚くだろう。
せっかく手を出すのを我慢して大事にならないようにしていたのに、これで全てが台無しになってしまったら目も当てられない。そんな気持ちが込められた鋭い視線を受けて久陽は頬を引き攣らせる。
「(小さな子供が良くやる斜めの壁を登る遊び。その延長線だから、そんなに驚いてる奴はいないって。ちょっと身体能力が高い程度の動きだから、多分、大丈夫――――たぶん)」
「……おい、兄ちゃん」
自分に言い聞かせるように考えごとしていると後ろから声がかかる。
とりあえず、堤防を駆け上ったことに関しては置いておき、当面の問題は後ろにいる二人組だ。もしかしなくても、ナンパの類。それに対してするべきことは決まっている。
「なんですか?」
「先に俺たちが姉ちゃんと話をしてたんだ。割って入るのは少々行儀が悪いんじゃないか?」
「ああ、そのことですか。悪いですけど、俺の彼女なんでそういうナンパ・客引き・キャッチセールはお断りしてるんです。お引き取り願えませんか?」
「ふぇっ!?」
久陽は芽衣の肩を抱き寄せる。微かに近くで芽衣が素っ頓狂な声を挙げたが、そんなものは無視である。古今東西、こういう輩はここまでやれば引くものだ。逆に言うと、それでも引き下がらない場合に出てくる手段は容易に想像できる。
「おい、あんまり調子に乗ってんじゃねえぞ」
「ほう、暴力ね。見せかけだけの筋肉の塊が偉そうに口先だけでよく吠える」
「てっめえ――――!?」
見せびらかすように上着をはだけていた筋肉男が、胸倉を掴んで威嚇する。だが、それを涼し気な顔で物怖じせずに話す久陽に、顔を真っ赤にして激高した。こうなれば、後はこのまま脅迫続行か暴力に発展かの二択。
さらに久陽の服を引っ張って宙へと浮かせようと力を入れた筋肉男。その視界がクルリと百八十度回転し、仲間の顔と対面する形になる。何が起こったかわからぬ内に今度は膝の後ろから衝撃が加わり、硬い地面に膝をついた。
「できれば、そのまま御友人と一緒に帰宅していただきたいのですが――――言ってる意味が分かるか?」
「――――イ゛ッ!?」
跪いた男の両肩に久陽の手が置かれる。涼しい表情で話し掛ける久陽に対し、苦しむ様な声を挙げる男。立ち尽くしていた金髪の男は、最初、何事かと思っていたようだが、すぐにその原因に気付いた。
肩に久陽の指が思いきり喰い込んでいる。
それも第一関節が埋没しかけるほどの強さだ。痛いという声を出すことすら痛みで抑制されてしまう。必死に首を縦に振る男を見て、久陽はすぐにその手を離した。
解放された筋肉男は両手を地面に着いて、浅く呼吸を繰り返す。久陽はその表情が見えていなかったが、これで逆らう気力が湧いて来ていないのは察することができた。
金髪の男が久陽を警戒しながら、筋肉男の方へと駆け寄って顔を覗き込む。
「芽衣、行こう」
「あ、うん」
久陽は芽衣の手を掴むとそのまま歩いていく。芽衣も素直に従い、二人組の男を一瞥して久陽の横に並ぶ。日光に照らされた久陽の横顔が眩しく見え、心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。大丈夫?」
「おう、朱理は先に行ってろ。俺たちは上から行くから」
下からギリギリ聞こえる声で朱理が呼びかけてくると、久陽はそれに同じような声で返事をする。空いた手で善輝がいる浜の方角を示すと、朱理はどこか楽しそうな表情で駆けて行った。




