漂着物Ⅲ
最悪だ。
芽衣が最初に思ったのは、その一言に尽きる。先程まで普段は同級生に見せないような姿、聞かせない声で、はしゃいでしまっていた。そんな我を忘れて久しぶりに上がっていたテンションが駄々下がりだ。
「ねえ、この辺であまり見ない子だけど、かわいいよね。どう? 一人なら俺たちと遊ばない?」
「ここの海の良いところ他にも知ってるから紹介するよ。ああ、そうだ。もう時間も遅いから飯とかどうかな。俺たち驕るからさ、ちょっと一緒に行かない?」
二人組の男が前から近寄って来ていた時点で嫌な予感はしていた。だが、まさかナンパとは少しばかり想定外。てっきり、どこかの家の差し金か何かかと疑ってしまっていた。
少し拍子抜けする芽衣だったが、それがいけなかったのだろう。少しばかり、相手に対する警戒心を下げてしまった。それを読み取った二人組の男が出した結論は、上手くやれば行ける、だ。
「あ、そういうのいいんで」
「いやー、そこを何とか、ね? ずっとこういうことやってて一人もついて来てくれなくて泣きそうなんだよねー」
「ほんと、ほんと。一人くらいは楽しくお話して青春の夏って感じを楽しめるかと思ったんだけど、これが全然だめでね。お姉ちゃんにもダメって言われると今日一日何やってたんだってなるわけ」
そりゃそうだ、とツッコミしたくなる気持ちを抑え、無表情を貫く。こういう手合いは無視するのが一番だ。
だが道の大半を塞がれている以上、相手が道を譲る形にならなければ通ることはできない。かといって、わざわざトイレのある所まで戻って浜に降りるのは無性に腹が立つ。
変なところで意地を張る癖が出てしまい、芽衣は相手が退くまで一歩も下がるつもりはないと意思を固めた。その意思表示として腕を組んで男たちを睨みつける。
足元ではムクが呆れながらも、臨戦態勢に入っていた。既に二人組から少しずつ生命力を抜き取り始めており、数分もすれば気怠さを感じ始めることだろう。逆に言うと、よほど時間を掛けなければ、この方法では即座に失神させたり、動けなくさせたりすることは不可能だ。
「悪いけど、他を当たってくれません? あなたたちと違って忙しいので」
「いやいや、忙しい人が水着着てこんなところ歩いてるわけないでしょ。冗談が上手だなー」
男たちが一言話す度に、堪忍袋の緒がキリキリと音を立てて細くなっていくのがわかる。その一方で、理性が一般人相手に本気で攻撃したら不味いと警告を出していた。
「(体に触れるようなら正当防衛で、ちょっとばかり倒れててもらおうかしら)」
身体強化の法と護身術の合わせ技で気絶させる。ムクを憑りつかせて操り、もう一人を抑え込む。術式で痛みを与えて、怯んでいる隙に横を抜ける。方法はいくらでもあるが、人の目が多すぎる。近くには監視カメラもないわけではないし、誰もが携帯を持っている世の中だ。どこでカメラが回っているかわからない。
下手にそんな動画が出回れば、自分だけでなく家族や親戚にまで迷惑がかかる。できるだけ目立たないように片付けるしかない。話している内にさっさと引っ込んでくれること祈って口を開く。
「ここ歩道なので、人の迷惑になるから道を空けてくれません?」
「人が来たら空けるよ。でもほら、誰もいないからさ」
「私がいるんです。いい加減退かないと、軽犯罪法の追随等の罪になりますよ」
「へー、そんなのがあるんだ。知らなかったなー」
男たちはのらりくらりと芽衣の言葉を躱し、会話を続けようとする。一瞬、芽衣はムクと眼が合った。
『(――――やるか?)』
「(いえ、それは最終手段)」
一度、退くものかと決めた手前、それに反するのは負けた気分になりそうで早々に却下する。小さく首を横に振って、どうしようかと視線を前に戻す。その時、男たちと芽衣の間に何かが落ちて来た。
「よお、えらく遅いから迎えに来たぞ」
それはどこからともなく、という言葉がそのまま形になったような現れ方をした久陽であった。




