心機一転Ⅶ
二匹は視線を前に戻すと、既にビーチバレーが始まっていた。
荒々しい対決、という名の一方的な芽衣による攻撃が久陽を襲っているかと思われたが、一切そんなことはなく平和にボールが宙へと舞う。
「あ! 眩しくて見えない!」
「おっし、もう一度だ。目指せ、落とさずラリー百回!」
朱理と善輝は夢中になり、右へ左へ、前へ後ろへと忙しなく動き、落としてなるものかとボールを追いかける。
対して久陽と芽衣は危なげなくボールの落下点に移動し、打ち上げる。ただ精度に関しては久陽が幾分か下回る。それに振り回されて善輝が何度かスライディング気味にボールを拾いに行った。
「兄さん! せめて高く上げてくれないと追い付かないっす」
「悪い悪い。ただ、力を入れると……ほら」
しっかりと目で追って、フォームも綺麗に構えたのにもかかわらず、何故かおかしな方向へと飛び出していくボール。それを見て再び、善輝の体が宙へと飛んだ。
間一髪、海水に浸かる前に左手首がボールを跳ね飛ばす。流石、野球部といった所か。後ろを見ていないが、ボールの位置を確実に捕え、見事に芽衣の真上へと放物線を描いて飛んでいく。
「ファインプレー! いくわよ、朱理ちゃん!」
「はい!」
芽衣の声に張り切って声を挙げる朱理。数秒後、ボールは高く舞い、太陽の光を乱反射する。
『……元気だねえ』
『それが子供の取り柄だろ。最近のガキは、部屋に引きこもってばかりのもやしっ子が多いからな』
『その点、あの子たちは心配いらないか』
まるで孫を見守る老人のような眼でフウタは四人の姿を見ていた。彼らからすれば、数年で大人になり、十数年で命を終える。生まれた時から見守っていた子もいるのだから、ほぼほぼ孫であると言っても過言ではないかもしれない。
『いや、わからんぞ。どんなに遊んでいても……ほら、お前の所の朱理の嬢ちゃん。水没したぞ?』
『はっはっはっ、水泳部なんだから多少は水に沈もうが何とでもなる』
『恰好は学校指定の水着だがな』
『海水は痛むから、あまり着たくないのだと――――』
周りに人がいないか確かめながら二匹は世間話をするかのように寛いでいた。しかし、フウタが斜め後ろ辺りを振り返った時、急にその声が途切れた。
不意に停止したフウタを不思議に思い、ムクもまた振り返る。
『何だ? 何かいたのか?』
『いや、気のせいと思う。多分な』
歯切れの悪い感じでフウタは否定するが、その視線は動くことがない。その先を見れば、階段を上がった向こう側。手すりで越しに久陽たちを見下ろせる場所に注がれていた。少し下がれば、身を隠すこともできるが、タイミングを間違えば素顔を見られかねない。
『同業者か?』
『わからんな』
それ故に考えられるのは、ムクたちのような犬神や陰陽師の使う式神などによる遠隔での監視。それならば、近くであってもなかなか悟られにくい。だが、同様の手段を持つ者たち同士であるならば気付くことができる。
それを出し抜くとすると、それ相応の高度な技術が必要になる。もし現在の状況がそれにあたるならば、格上の何者かがいたことになるのだが、それをフウタは首を横に振って、自分の脳裏からその考えを掻き消した。
『(そんな術者、この現代で何人生き残っているやら。術者として存在しているだけでも稀有。ましてや、術を術として伝えきっている家系は一体どれだけあるのか)』
かの大陰陽師である安倍晴明ですら、現在の子孫においては、その継承者問題が危ういと言われているくらいだ。そこらの田舎の術者擬きなど数代で消え失せるのが現代では当たり前となっている。
そう思いながらもフウタは嫌な感じを振り切れず、再び、その方向へと目を凝らしてしまう。昨日の謎の穢れといい、先程の謎の気配といい、どこか神経を尖らせてしまう。
そんな心配をしているフウタの目の前にビーチボールが飛んで来た。
「もう、あと少しで百回だったのに」
悔しがりながら朱理が砂を巻き上げて走ってくる。その姿を見て、フウタは少しばかり警戒度を上げた。
『(この子たちは、何とか守ってやらないとね)』
それが先に生まれ落ちたものの役目である。例え種族が異なっていたとしても。
次話投稿日時 8月11日 18:00




