心機一転Ⅴ
その横顔を見ながら芽衣は思わず笑ってしまう。呆れではなく、どちらかというと微笑ましい物を見る目線で。
「芽衣姉さん。どうしたんですか? 急に笑って」
「いや、ちょっとね。考えても見てよ。成人した人が、あんなおもちゃに目を輝かせて食いつくなんて、ちょっと面白くない?」
善輝の説明に食いついている久陽を遠目で見ながら、芽衣は朱理に耳打ちする。それを聞いた朱理は納得したようで、大きく頷いた。
喜んでくれたことに満足していたが、よくよく考えてみれば最年長の久陽は学生とはいえ、年齢だけでも見れば誰もが大人と判断する成人を迎えているわけである。まだまだ童心が抜けきっていないことを考えると、芽衣の視線も理解できるというものだ。
『…………』
その横で少しばかり腑に落ちない顔で佇むムクがいた。その視線の先には善輝が用意したフライングディスクが入っている。
『こっちも、あの坊やと同じということだ』
『なっ!? そ、そんなことは……ないぞ』
急に小声でフウタに言われ、周りの人間に聞き取られない声で言い返すムク。心外だと言わんばかりに語気が強められたが、その視線がまだフライングディスクに釘づけでは、説得力が皆無だ。
『諦めた方がいい。こんな衆人環視の中でアレだけが砂浜を浮いて戻ってきたら不自然極まりない』
『――――わかっている』
少しでも久陽と同じ反応をしてしまった自分を恨めしく思いながら、ムクは誘惑を断ち切る様にそっぽを向いた。フウタはそれを見て笑いを堪えながら、ムクとも久陽たちとも違う方を見る。
太陽の光を反射して、海が細かい輝きを放っている。それだというのに、何故かフウタにはどこかその光景が恐ろしく思えた。
『まぁ、地獄の蓋が開いてる時節だからね。そりゃ、変な気の一つや二つは漂うもんかね』
お盆には祖先の霊が帰って来ると言われているが、逆に言えばよくないものもそれに紛れて出て来るとも言われる。もしかすると、昨日の穢れもそれに付随する何者かだったのかもしれない。そうフウタは考えていた。
特に今日は海に来ている。この時期には海にも良くないものが潜んでいることもあるが、少なくともフウタの目の届く範囲にはおかしな気配はない。
「よし、とりあえず、みんなで楽しそうなビーチボールでいいんじゃないか? 水鉄砲だと他の人に当たる可能性が高いし」
「そうね。もし水鉄砲をやるのなら、あっちのデッキの方が広くて、人も少ないからいいかもしれないわ」
芽衣がホテルから通って来た道を振り返る。河口近くの為、浜を人口物で覆い、泳ぐ人が出ないように作られた場所だ。全部で三つのデッキがあり、それぞれがマウンテン・オーシャン・スカイの名を冠している。今は船の停泊地として利用されていて、それに用がある人以外はあまり近づかないのだ。
「そうなると水の補充が大変だな」
「それなら隅の方でやれば大丈夫かも。あそこなら上の道路を通ることはあっても人が集まることはないから」
善輝と朱理がああでもない、こうでもないと言っている内にかなり行動範囲が絞れてきた。
まずはビーチバレーをやり、その後に水鉄砲でサバイバルゲームをするという流れのようである。その中でフライングディスクの名が上がらないかどうか、耳をそばだてて聞いていたムク。最後まで出てこなかったことで、どうやら興が削れたのか、そのまま伏せってしまった。
「じゃあ、チームはどうするの? 男女分けて、男子チームに縛りでもつける?」
「最初はアップがてらラリーがどこまで続くか程度でいいんじゃない? 別にガチで戦うわけじゃないし」
「あら、私はいつだって本気よ? すぐにあんたの顔に全力でぶつけてあげるから覚悟しなさい」
嬉しそうな笑みを浮かべる芽衣とは対照的に、久陽の方はマジかと言わんばかりに頬が引き攣っている。
この場合、芽衣は有言実行で手加減なしのスパイクを炸裂するつもりでいることは間違いない。今までの久陽の経験から、それだけは確かであると言えた。




