心機一転Ⅱ
ムクの言葉に善輝と朱理の表情が見る見るうちに落胆という感情に塗り替えられていく。やはり、まだ中学生。楽しみを奪われることに関しては、我慢が効かないようだ。
さて、この状況をどうするべきか。久陽は腕を組んで考える。
午後もこの調子で勉強会を行っても、確実に二人の効率は半減するだろう。そして、同時に芽衣もまだ高校生。受験勉強という枷が無ければ、仕方ないとばかりに頷いていたに違いない。つまり、遊ぶということだけに焦点を当てれば、拒否する人間は誰もいないのだ。
それ故に、大切なのはメリハリだ。やることはしっかりやった。だから、遊んでも大丈夫であるというお墨付きが欲しい。そして、それを出せるのは年長者である久陽か、勉強会の主賓である芽衣しかいない。
「流石に、午後を遊び倒すっていうのは俺としても避けたいな。だけど、一日中籠って勉強してても効率が悪くなるのは明らかだ」
自分自身も勉強だけやっていた日より、プールなどでちょっと軽く体を動かした日の方が効率が良かったこともある。それならば、時間を指定して遊びも集中してやった方がいい。
「昼飯食ってから、十五時くらいまでって考えると実質遊べる時間は二時間強。その後は、しっかり勉強する中休みコース。いやいや、勉強して頭の体力使い切ってから遊ぶ、十六時から勉強のことは考えなくていい楽しみは取っておくコース。どちらがいい?」
久陽は三人に提案してみる。すると、各々が真剣な顔で悩み始めた。善輝と朱理は確実にどちらのコースを選ぶかを考えているようだ。
問題は芽衣がどのような反応を返すかだ。二択を提示することで選びやすくしているが、勉強会をし続けるという選択肢もないわけではない。久陽としては、せっかく来たのだから、多少の息抜きは必要だと考えての親切心というものだ。
「私は決まったけど、そっちの二人は?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「俺は決めたぞ!」
善輝は腕を組んで胸を張っていた。どうやら、意思は固いようだ。希望通りになるかはわからないのだが。
一方、朱理は頭を左右に揺らしながら考えていた。遠くで正午を告げる放送が聞こえてくるが、きっと彼女に耳には入っていないだろう。音楽が反響し、最後の音が聞こえなくなったかどうかという頃に朱理は眼を見開いた。
「決めたっ!」
「よーし、多数決獲るぞー。俺が入ると偶数で決着つかないかもだから、三人で手を挙げてくれ。中休みコースがいいってやつー。」
バッと勢いよく善輝が挙手をする。その表情は自信満々だったが、周りを見て愕然とした。
「お、俺だけかよ!?」
「あら、朱理ちゃん気が合うわね。やっぱり、おいしいものは最後まで取っておかないとね」
「デザートと一緒ですね」
「海の家で飯食って、そのまま遊ぼうと思ってたのに……」
どうやら女子チームという枠組みで既に思考が一致していたようだ。残念ながら善輝の計画は、その時点で頓挫していたのだろう。その場に膝から崩れ落ちて、倒れ伏してしまった。
『元気を出せ。善輝。母も言っておっただろう。しっかり勉強して、後顧の憂いなく遊ぶ方が楽しいと』
「そうだけどさー。暑い日差しを浴びながら食べる海の家の焼きそばとか美味いんだよお」
「残念だけど、日焼けは乙女の大敵よ。その点でも十時から十五時までは紫外線が一番多いんだから、無理に決まってるわ」
腰に手を当てて芽衣が止めの一撃を放つ。口から魂が抜けたように善輝は動かなくなってしまった。
朱理が面白そうに兄を突き始める。そんな姿を微笑ましく見ていた久陽に芽衣は、音もなく近づくと兄妹には聞こえないように耳元で呟いた。
「ずっと勉強をする選択肢を除外したのは、私の為?」
「あ、やっぱり気付いたか」
どうやら、久陽の思考は看破されていたようだ。




