心機一転Ⅰ
「――――あの、二人とも何かありました?」
久陽と芽衣の動きが同時に止まる。
部屋には善輝と朱理も来ており、午前中は全員で勉強会を行っていた。特にこの中で必死だったのは芽衣よりも善輝で、盆休みに突入したことで野球部の練習も無いことが拍車をかけていた。
善輝曰く、さっさと宿題を終わらせて遊びたい、とのこと。
尤も普段から宿題はしっかりやっている兄妹なので、そこまで急いでやる必要はないのだが、どうしても今日のノルマを終わらせてやりたことがあるらしい。
そんな二人の意見を却下する理由もなく、正午近くになるまで集中して取り組んでいた。
しかし、不意に朱理が呟いた一言で芽衣の思考は目の前の問題から移らざるを得なくなった。
「な、なんでかしら?」
「だって午前中の間、二人とも全然話さないし……。久陽さんはこっちの方に何度も確認に来るし……。もしかして、何かありました?」
芽衣の二度目の疑問と共に鋭い眼つきが久陽へと向けられる。それを受けて久陽は苦笑いをするしかない。
まさか、その程度のことで二人の間に何かがあったことを察するとは思いもしなかった。
だが、流石にあった出来事の内容まではわからない。わかったら色々と問題だ。
その一方で善輝は机に肘をついて、事の成り行きを見守っている。その視線からは疑いではなく、むしろ逆。朱理の言っていることに特に共感するところはなかったみたいであった。
「別に兄さんだって無駄話しに来たんじゃないんだから、口数も減るだろうよ。姉さんも順調に問題を解いてるんだから、こっちの方に確認しに来たっていいじゃん」
「そうかなあ?」
ムムム、と唸りながら探偵のようにこちらを観察する朱理。
別に特殊な能力があるわけではないが、何故かこの時ばかりは心の中を覗かれている気分になってしまった。
『それより、もうお昼だけど……ご飯は食べなくてもいいのか?』
フウタが器用に机の上に前脚を乗せて、直方体の時計の向きを変える。
後数分もすれば正午の音楽が街中に流れる時間になっていた。それを見て、善輝と朱理は顔を見合わせると、ニヤリと笑った。そのままの表情で素早く自分たちの荷物へと駆け寄る。
その光景に久陽と芽衣、ムクは頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。二人が勉強会だというのにやけに大きなバッグを持ち込んで来たのは疑問に思っていた。
しかし、最近は教科書や資料集などの量が多く、登下校の負担になっているといった問題も良く取り沙汰されている。それ故に久陽も芽衣もすぐに自分の中で勝手に納得していた部分があった。
「じゃじゃーん! これなーんだ!」
「なーんだ、って見ればわかるだろ」
二人が取り出して来たのは、誰がどう見ても水着以外の何物でもない。善輝は南国を思わせるカラフルな絵のサーフパンツ。対して朱理は小学校から使っていたスクール水着だ。でかでかと胸に大きく朱理と滲んだ字で書かれている。
「まさか、あなたたち……海に行きたいから勉強を頑張ってたとでも?」
「むしろ、それ以外に何があると思うんです?」
腹が立つくらいに善輝が惚けた顔をしてくる。どうやら、最初から久陽たちを巻き込んで、近くの海で遊ぶ気だったようだ。
この兄妹が真面目な方であることは二人とも理解していたが、それでも真面目が過ぎるという雰囲気は薄々感じていた。
久しぶりに出会った年の近い親戚四人で集まっているのに、会話もほとんどしないで勉強に取り組む中学生。どう考えても違和感の塊でしかない。
宿題を終わらせて遊ぶ、という非常に健全な思考を褒めるべきか、久陽も芽衣も頭を悩ませていると、ムクが呆れた顔で善輝たちに告げる。
『ここに来てから、まだ二日目だぞ。最終日前日とかならまだわかるが、少し気が早くないか?』
約一週間の勉強合宿。ただでさえ旅館の一室を借りているのだ。乾夫妻のことも考えると、容易に顔を縦に振ることはできない。
次話投稿日時 8月11日 12:00




