17.4月1日 (2) p.9
つむじ風がどこかへふわりと去っていき、あとには、桜の花びらが残されているのみだった。やはり、そこにせつなの姿は見えなかったが、蒼井は、確かに妹がそこにいるのを感じていた。
蒼井は、浩志と優の側へ近づくと、どこからか運ばれてきた足元の桜の花びらをそっと拾い上げる。手にした桜の花びらが、妹の一部であるかのように、両手で守るようにして胸の前で握りしめる。そして、目を瞑り、まるで手の中のそれに誓いをたてるようにそっと囁いた。
「あのね、スターチスの花言葉は『変わらぬ心』『変わらない誓い』『途絶えぬ記憶』って言うの。お姉ちゃんは、スターチスに誓うわ。あなたとの大切な思い出を絶対に忘れたりしない。いつも、心の中で大切に思っているから」
ゆっくりと両手を開き、手の中の小さな妹を愛おし気に見つめる。そのとき、暖かな風が蒼井を撫でるように吹き過ぎた。その風にさらわれるように、手の中の花びらはふわりと舞い上がり、そのまま風に流され空高くへと去っていく。その場にいた全員が、無言のまま、去っていく花びらに目を奪われていると、やがて花びらは、空に溶けるように見えなくなった。
桜の花びらが溶けた空からは、全てを包み込むように暖かい光が降り注ぐ。
雲が風に流されたのか、中庭に降り注ぐ光は、次第に強く眩しくなり、やがて、そこらじゅうの花壇が金色に包まれた。照り返す光に思わず誰もが目を細める。
不意に、誰かの声が響いた。耳ではなく、直接頭の中に響くような声だ。
“そろそそ時間です。いいですか?”
その声に、その場にいる誰もが、目を見開こうとしたが、今はもう光が全てを飲み込まんとするかのように眩しさを増し、もう誰もその場をしっかりと見ることができないでいた。
「もうちょっと。あと少しだけ待ってください」
光の中、せつなの声が鋭く響く。まるでその言葉が、光を振り払ったのか、痛いくらいに眩しさを放っていた光が幾分弱まるのを、皆が瞼の裏で感じていた。
やがて、目を開けられるほどの光量になったと感じ、皆がそっと目を開けると、満足そうな笑顔のせつなが、満開のスターチスの中に佇んでいた。
「せつな……」
「お姉ちゃん、俊ちゃん、正人くん。元気で。せつなの分まで長生きしてね」
姉の嬉しそうな声と、唐突なせつなの別れの言葉が重なる。姉妹はしっかりと視線を交わす。しかし、それ以上の言葉を交わすことはなく、せつなは、急くように次の言葉を紡ぐ。