12.3月19日 (3) p.2
浩志はせつなの顔を見つめたまま真一文字に固く結んだ口を開こうとしない。
「俊ちゃんから、聞いたんでしょ?」
再びせつなの声が中庭に響く。
「俊ちゃん?」
ようやく重い口を開いた浩志は、聞きなれない呼び名に戸惑いを見せる。
「小石川俊輔先生。あなたたちがさっきまで一緒にいた人」
「じゃあ、やっぱりお前は」
淡々と話すせつなの言葉の数々が、浩志の脳内を刺激する。
「お前って言わないでってば! せつなには、せつなって言う名前がちゃんとあるんだから!」
なかなか感情を表さないせつなだが、唯一、自分の呼び名についてだけは、感情を剥き出しにする。そんないつも通りのやり取りについ可笑しさが込み上げてきた浩志は、ぷっと吹き出す。そして、まるで張り詰めていた糸が切れたかのように勢いよくせつなの側へ駆け寄った。
「悪い。せつなは、せつなだよな」
せつなの口癖を真似た浩志は、一人ケタケタと笑っている。
そんな浩志の様子に、優の周りの張り詰めた空気も幾らかは緩んだが、それでもまだ彼女の足元はその場から離れる事なく地面に張り付いたままだった。優の様子をチラリと見やり、浩志は少し離れた場所にいる優にも聞こえるようにハッキリと声を出す。
「せつなはもう知ってるみたいだけど、俺たちはさっき、こいちゃん……小石川先生に、十五年前のせつなとこいちゃん、それから蒼井……先生の写真を見せてもらった。……その……せつなの事も、聞いた」
「そう」
せつなは浩志の話をサラリと聞き流す。せつなの目は、もう花壇へと向けられていた。相変わらずの無表情からは、今、少女が何を思っているのかは汲み取れない。少女の気持ちを推し量れない浩志は、言葉を重ねることで少しでも少女の事を知りたいと思った。
「俺さ、あんま頭良くないから何をどう言って良いのか、そういうの良く分からないんだ。だから、単刀直入に聞く」
そう宣言をした浩志は、一旦言葉を切ると大きく深呼吸をしてからせつなの横顔をしっかりと見つめた。
「せつなは、幽霊なのか?」
浩志の問いに、せつなは少し寂しそうに微笑み小さく頷いた。
「……たぶんそう言われる存在だと思う」
「だと思う?」
浩志は少女が自身を幽体であると肯定したことよりも、曖昧に濁した言葉尻が気になった。そんな彼に、せつなは寂しそうな横顔を見せる。
「周りには、せつなのことは見えないから幽霊と一緒。でも正確には、今のせつなは『ココロノカケラ』って言うんだって」